月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】

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 世界の全ては廻り行くもの。
 風や水が命を育むように、育まれた命が何時かは大地へと還る様に。本来なら全ては在るべき形、在るべき様に廻り続ける。
 それが、世界の有り様たる摂理だったのだから。
 けれど、その摂理を外れてしまう物事が存在するのも確かだった。
 何にもなれず、次へと繋がる事も出来ず、かと言ってただ消え去る事も出来ない。そんなものが生まれてしまう事がある。
 何にもならず、何にも出来ない事で、それは“澱み”となり、“澱み”は魔物と言う歪みを生む事で、やがては自らが在る世界を汚し壊してしまうのだ。

「この地はおりを溜め込みやすく、澱む前に定期的な祭祀によって散らしていたのですが、少し事情があり、祭祀が行えない期間が続いていました」
「澱みに気付いたのなら、流れから波長を調えることまでは出来なくはないのでしょうが、あの子はここの祭祀における内容を知っていたのでしょうかね?」

 そう思う程に一心に舞うアスの動きに躊躇いはなく、ただただ優雅で、伸びやかだった。

「かつての勇者様方の訪れが、ちょうど冬の祭祀の時期と重なり、当時の聖女様と長の姪子様が祭祀の舞手を務めたようです」
「ついでに教えを受けた、と言うことでしょうか・・・」
「有り得ないですね」

 柔らかな様でいて、薄い笑みの表情を刷いたまま断言をしたカイヤへと、少しばかりの納得をしかけていたフェイは今、何を感じ取ったのかようやく目を向けた。

「あの方が舞っているアレは、通常の祭祀の時の舞ではなく、供犠の為のそれです」
「供犠、・・・」

 供犠、その不穏な言葉の意味を、フェイは一瞬の思考でかなり正確なところまで察していたが、だからこそ、その意味合いを自身への理解として落とし込む事に、必要以上の時間をかけてしまう。

「澱みが酷くなり過ぎた時、流れの底に眠るものが目覚めてしまったなら、それを鎮める為には贄が必要なんですよ」

 フェイの反応を見詰めたまま、何を思っているか読み取る事の難しい、カイヤの穏やか過ぎる声音が、贄だと、酷く優しげな口調で告げて来る。
 フェイはそんなカイヤを、カイヤと同じ笑顔だが、カイヤとはまた別種の笑みを以て見ていた。
 微笑みを交わし合う、姪と伯父の間の、少しばかり張り詰めた空気が当たり前の緊張感を帯び始めた時、


ティンー

 響いたそれは、旋律から明らかに外れた音だった。

 フェイとカイヤの二人が同時に向ける眼差しの先でアスの動きは止まり、そんな水面で佇む姿に、フェイはアスの何処か気不味げで所在無さげな雰囲気を感じ取っていた。

「・・・微妙に予想外なのですが?」

  笑みを浮かべたまま、カイヤはただただアスを見る目を瞬かせている。
 そのカイヤの様子は、現状に戸惑い何か困った様な、そんな珍しい反応だとフェイは密かに思っていた。そして、何とはなしに視線の一巡で見比べるアスとカイヤの様子から、今の状況へと思い至ってしまった。 

「・・・普通に、間違えた感じでは?」
    
 告げるフェイは最初、カイヤが何かを仕込んでいたのではないかと普通に思っていた。
 この場所の状態が良くないと分かっていた事もそうだが、直前の会話で、供犠だの贄だの言っていたのだから尚更だろう。
 疑いと言う段階等を飛ばした、ある種予定調和。
 有り体に言えば、カイヤが長としてカエルレウスの集落の為と言う名目で、アスと言う存在を使のだと、実のところフェイはカイヤの予想外と言った反応を見た今でも、その考えが間違っているとは思っていなかったりするのだ。

儀式セレモニー用の小袖に気付いていながら着替えを求めて来ませんでしたから、藍珠の守として妥当な行動だと思います」

 フェイの表情に何を思うのか、一切の悪意も罪悪感も、あって然るべきの打算すら感じさせる事なく、カイヤはただ笑む。

「・・・ああ、そう言う、」

 淡く笑う、達観するかの様なフェイの表情は実のところかなり珍しかった。
 けれど、その言葉が最後まで発しきられる前に、そしてカイヤが何事かを告げようと口を開きかけるその前には現れる。

「・・・・・・」

 カイヤが見開く双眸に、笑みを浮かべた口もとのまま表情を凍らせる。

「眠っていたものをここまで起こすとは、さすがと言うべきでしょうか?」

 何とも言い難いと言った表情で、それでも飄々と笑うフェイは一周回って本当に楽しそうだった。

 霧がうねっていた。大気すらも渦巻くような流れはそれでも緩やかで、重く、這うように水面を流れ行く。
 存在しているだけで、他の全ては息を潜める事を余儀なくされる、それ程の威圧感。

 そうして、漂う霧の影にしてはあまりにも暗く、水面に佇むアスの足下を黒い影が動いていた。
 緩やか過ぎる動きに、始めは目の錯覚を疑い、岸部からその一点だけの場面を見ていれば、水自体が水底から滲むもので暗く色付いて行くかの様にも見えていた。そして、岸部からの俯瞰視点を得ていたカイヤとフェイの二人はその後の一部始終までもをただただ見ている事になった。
 盛り上がる水面と、水底に続く長大な影。
 影だと言うのにその色合いは、黒ではなく深い青色に揺らめいて見えている。

「・・・・・・」
「・・・抵抗ぐらいして欲しかったのですが」

 フェイが諦めた様に呟いたそのその瞬間に、アスは、水面を割り裂き顕現した強大な存在である、青い龍に寄って虚空へと打ち上げられていた。

「迎え入れた?・・・初代のカエルレウスの長サフィールのつがいですよ?」

 カエルレウスの今代の長であるカイヤだからこそ感じ取るものにか、カイヤは訝る様にも首を傾げて呟いていた。

「一応の守りは間に合いましたが、どこに落ちたのでしょう」
「青珠の守龍が、許可したのならかくれの庵に問題なく入れた事でしょうね」
「青珠の守龍、リディアル・アクエリアスの繋がりチェイン・・・リヴァイアサン」

 カイヤの答えを聞いているのかいないのか、何処か望洋としたフェイの声が、見詰める青い龍の姿へと、やけに響いて聞こえていた。


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