月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】

45 時の欠片

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「うふふ」

 軽やかに笑うシャゲの声に、びくりと、目に見えてラズリテの身体が震えた。
 そして、アス達にも分かる程に場の気温が下がった様な気がして、アスはラズリテを愛おしげに見詰めるシャゲの赤い瞳に何か言い知れぬものを感じていた。

 満足に身動きの取れていないラズリテの、シャゲに掴まれたままの首にはどれ程の力が込められているのか。
 そう思い、そこでアスは気付いた。シャゲがたった一人、正確に目標を定めて纏い、放つ威圧に、そもそもが碌に動く事が出来ないのだろうと。
 ラズリテはその表情だけはこれ以上ない程に、けれど実際の動きは殆どないまま、視線だけを忙しなくさ迷わせて必死さを露としていた。

「長様?」
「程々でしたら、良いですよ」
「有り難うございます。では、お客様方、後程此度の不作法のお詫びに行かせて戴きますが、今は少しばかり場を辞させていただきます。善き滞在をお過ごし下さいませ」 

 許可を求め、それを許す短いやり取り。
 フェイが教育のし直しを頼んでおくと言った時に、カイヤも同意していたのだから、今更撤回がある筈もなかった。
 嫣然と微笑むシャゲが謝辞を告げ、アスへと下げる頭にラズリテを引き摺り踵を返した。

「シャゲ」

 そのまま霧へとまぎれ、去ろうとする、そんなシャゲの背中をアスは呼び止め、返した踵がもとに戻される間にアスは質問を投げ掛けてしまう。

「侍従殿は私を“魔法使い”と伝えたのか?」
「一部では公然の秘密とされているものではありますが、義母からは旅の導き手である賢者殿は“魔法使い”だと、そう聞いておりますよ」
「そうか」

 アスが“魔女”であるとの事は、勇者を始めとしたパーティの面々は勿論だが、聖女の属する教会や各国の上層、そして討伐で縁のあった軍部等には把握されていた。
 アス自身が自分から声高に宣言する事こそなかったが、聞かれてしまえば否定する事も、敢えて隠そうと動く事もなかったからだ。

 だが、災いを呼び、混沌を招き、魔物を操る事で、“魔王”の先駆けであるとすらされる事のある“魔女”と言う存在を、本来ならば勇者の旅の同道者として認める訳にはいかない。
 魔法使いと侍従殿が伝えたのならば、一種の配慮、或いはただの忖度だったのだろうアスは思った。
 アスが魔女と断定されて煩わされる事がない様にか、それとも勇者や聖女が魔女を仲間として扱っていた等と思われない為にか、その辺りかその両方か、そんな理解にアスが頷いて見せれば、それで会話の終わりが伝わったのだろう。完全に振り返りきる事もなく、通過させるだけの一瞬の流し目に、シャゲは向かおうとしていた方へと向き直り今度こそ歩き出した。

 因にだが、その際の、必死であり縋る様なラズリテの眼差しには、誰もが気付いていた筈だが、誰一人として目を合わせる事はなかった。
 侍従殿は、聖女以外の身内にはどうにも容赦がなかったのだ。勇者や剣聖殿、そこはアスを含めた三人ともに等しく、あの場合は身内だからこそと言うのもあったのかもしれないが、平等過ぎる程にも、とにかく遠慮がなかった。
 その義娘たるシャゲも間違いなくそうなのだろうと、アスが確信した瞬間だった。

「ふふ」

 視線はアス達の方にはなく、背中でシャゲが笑む。
 立ち込めている霧の為に、まだそこにいるのは分かるが、その姿は曖昧で、けれど艶やかな笑い声ははっきりとアスの耳に届いていた。

「いつかめぐりを経て、義母ははへと会うことがあったら自慢しようと思いました」
「自慢?」

 怪訝そうに、アスはその背中へと向けて首を傾げる。

「はい。名前を呼ぶ事を許されただけでなく、シャゲとわたくしを呼んで戴きましたもの」
「それは自慢になる様な事なのか?」
「ええ、勿論のこと」
「そうか」

 シャゲの背中とアスが交わし続ける言葉。
 どうしてだか、シャゲはアスを振り返る事がなく、良く分からないままにも、相手がそうだと言っているのだからそれで良いかと、アスはそのまま会話の終わりを思った。

「ですが、それでも貴女は、義母の最期を聞いては下さらないのですね」

 意識が逸れかけた時、それが、霧の中へと完全に姿を消す間際にアスへと届いたシャゲの言葉だった。

「・・・・・・」

 シャゲのいた場所をアスは眺め見ている。
 見詰めていると言うよりも、ただ緩やかに流れる霧の動きを景色の一部として、その場所があると言う様に、視界へと入るままを見ていた。

 凪いだ湖面へと、夕暮れ時の空の紫色を映した静かな色合いの瞳と、弛くも引き結ばれた口もと。アスのその顔には、それと分かる表情はなく、かと言って無表情とも違っている。
 何等かの感情は確かにそこにあり、けれど
それを読み取る事の出来る者がこの場にいない。それだけだった。

「アス?」

 フェイが探る様に声を発する。
 読み取る事が出来ないならば、聞いてしまえば良いと、大丈夫ですかと気遣う風でもなく、どうかしましたか?と雰囲気的にはそう言った感じだろうか。
 そう問うぐらいには、フェイはアスとの距離感の取り方を心得ていた。

「ん・・・いや、そうだな。そうか・・・・・・」

 曖昧な反応に、そうして何を思うのか、アスは薄い笑みの表情にシャゲのいた場所を眺めていた。

「最期、死んだのだな、侍従殿は・・・・・・」

 呟き、囁く様に、アスはそれだけを感情の抑揚を欠いた声音で言葉にした。

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