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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】
44 笑顔と感情の置き場所
しおりを挟む何の話だと問う事もなければ、誰との事だと疑問に思う事もない。
けれど、アスは少しだけ驚いていた。
アスと侍従殿との関係性は、勇者と聖女の旅の同行者。言ってしまえばその程度のものでしかなかった。
確かに旅の苦楽を共にしたパーティの一員としての繋がりはあるが、それでも、アスが思い出す限り、侍従殿が、呼び方、或いは呼ばれ方に何かを思っている風なところはなかったように思うのだ。
見遣るシャゲの様子。変わらず浮かべたままの微笑みは慈母の如き優しさがあり、けれど、今、その赤い瞳には確かな憂いが影を落としている。疑う訳ではなかったが、そんな表情にアスは侍従殿と呼んでいた相手を重ねて見てみた。
「最初は向こうも、魔法使い殿なんて呼んでいたな。いつの間にか・・・いや、聖女殿が拐われた一件ぐらいからか、アスと普通に呼んで来ていたか、シャゲもそれで良ければ?」
「はい、是非とも」
シャゲと何気無くアスが呼べば、少女の様に弾む声音が返され、浮かべられている笑みは、まさしく花の蕾が綻ぶかの如き様相へと変わっていた。
それは同性であるアスの目にも、とても美しい可憐な微笑みに映り、何故そんな嬉しそうなのだろうかと不思議に思いながらも、自然にアスもまた、シャゲへと笑みを返していた。
そして、そんなアスもまた整った顔立ちをしている。
はっきりとした目鼻立ちに、旅をしているとは思えない程、荒れる事を知らないかの様な肌理の細かい肌。今は少女の外見だが経て来た月日は本物であり、単純に可愛らしいと言うよりも何処か侵しがたい、そう言った雰囲気すらも纏っていた。
そんなアスの無表情ではないが、大半の者にとって変化に乏しく映る表情が、苦笑でもなくただ純粋なそれと分かる笑みを浮かべる。
すると、何が起こるかと言えば、見るもの全てを魅了するそんな存在が出現する事になるのだった。
魅入られ、顔を赤くする一同がいた。死んだ様だったラズリテまでも、シャゲに引き摺られる体勢のまま、赤くなった顔を押さえ隠しつつ、アスを見ていた。
「ん?」
「いえ、大変良いものを見せていただきましたと、うふふふ」
周囲の様子に気が付き、怪訝そうな表情を浮かべたアスへと、いち早く正気付いたシャゲが告げて笑む。
良く分からなかったが、アスは楽しそうならまあそれで良いかと一つ頷いた。
「それにしても、青の民は面白いな」
「面白い、ですか?」
アスの言葉に、微笑んだままシャゲが小首を傾げる。
「喜怒哀楽の表現が笑顔一択になるところ。面白いし、感心もしている」
「んん?」
アスが見る、下にいるシャゲとラズリテ、それから隣にいるカイヤの表情。
ここに来てから出会ったカイヤやラズリテ、それにシャゲ。アスと話す時に浮かべらている笑みは穏やかで、楽しげで、優しげと、基本は一様に笑っていた。
それは以前、この地を訪れた時もそうで、この集落では出会う人々、皆が皆雰囲気良く笑って迎えてくれていたのだった。
けれど、少し付き合いを深めれば直ぐに、笑顔が笑顔でない事があると気付くのだ。
「緑の民何かは取り敢えず笑っとけって感じで、多くの場面で笑顔を使用しているが結果的にちゃんと怒る時は怒るし、泣く事だって普通で、それが作った感情ではないとは言い難いところもあるが、まあ、表現は多彩だ」
誰からでもなく、その場にいた者の視線がフェイの方を向き、それぞれがそれぞれ頷くと言った反応を見せていた。
そして、視線を集めたフェイだけは、特に反応を返す事なく、最初から変わる事なく浮かべたままの穏やかな笑みのまま、アスの続ける言葉を待っている様だった。
アスがこの後に、何を言うか分かっていると言う様に。
「青の民は、笑みの圧やら、目の奥の光や何かで、その本当のところの感情を、伝えたい相手にだけ分かる様な器用な笑みを使うな」
素直な感心をアスはその言葉で伝えているのだが、その瞬間、青の民、三者三様の笑みが笑みの表情のまま固まった。
フェイがその反応に、満足そうに笑みを深めているのがアスには少し印象的で、青と緑の民が合わさるとこうなるのだろうなとそう思ったのだった。
顔は笑っているのに、感情を欠落させた目。或いは向けられる穏やかな笑みの中で、肌を刺す様な寒気を覚える時。牽制の様な圧。面白いとアスは単純に思っていたのだ。
「向けられている感情に鈍いと聞いていたのですが、これは少し認識を改める必要がありそうですね」
「察することが出来ても、理解しないのなら、鈍いのと同じなんですよ」
「うん?」
シャゲの小さく呟いた言葉をフェイが拾い淡々と告げるが、その間、やはり二人とも笑みの表情は変わらなかった。
そして、シャゲとフェイの間で成立していたそんな会話を、ある事に気を取られたアスがまともに聞く事はかった。
「それで、・・・最上級の戒厳体制っぽいが。どういう状態なんだ?」
「今頃聞くんだ、それ」
「住民の退避が終わっている辺り、想定外とかではないのだろうなとは思ったな」
ラズリテの、軽妙な笑みとともに向けられた呆れた様な呟きの声を聞き流し、アスは辺りへと満ちている霧へと意識を向けていた。
「“魔女”を招くんだから、これぐらい普通だと思わないの?」
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