月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】

38 推察

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 水気を含んだ空気と硬い草の感触。
 左右をアスの腰の位置よりも丈のある葦の様な植物に囲まれ、それでも掻き分ける様にして苦労して進まずに済んでいるのは、前を行くラズリテが嬉々として道を作ってくれているからに他ならなかった。

「この植物の葉は、硬くて縁が結構鋭いです。肌を傷つけないように気を付けて下さい」

 道行きに苦労はないが、安心しきる事も難しいらしい。
 横から垂れ掛かって来た葉を、片手で難なく退けながらアスの直ぐ後ろを歩くアズリテのフォローが入った。 
 一応の道をラズリテが確保してくれているが、植物自体にかなりの弾力があるのか、時たま踏み倒されたものが今のように戻って来てしまうのだ。

「感謝する。たいした傷にはならないだろうが、負わないに越した事はないからな」
「来た時にも道を整えたのですが、斬り倒している訳ではないので、数刻でこの状態に戻ってしまうのです」
「知っている。以前に来た時にもそうだったし、寧ろ斬り倒しても無駄だった。それでその後、怒られた」
「怒られ・・・」
「歩き難いし、地味に大変で、燃やすよりはって、振るっただけだったんだが何故か怒られたんだったか」

 アズリテの硬直して目を瞬かせる様子に、もう少し説明がいるかと、アスは言葉を付け足したのだが、それでも駄目だったらしい。アスは、アズリテの無と化してしまっている表情の裏側で、目まぐるしく思考が働いているであろう様子を感じ取ってしまっていた。

「言葉通りだよ」

 アスは苦笑気味に笑いながらそれだけを告げ、眼前に広がり続ける葦原を見る眼差しに、ここではない何処か。或いは今ではない何時かと、遠くを見る、そんな空疎な色合いを乗せていた。

「ここは、集落カエルレウスの為にある、守りの要の一つであり、ここもまた守られるべき場所です。壊れた刻印シーリングの修復に、かなり苦慮したと聞いています」
「そう言えばそうだったな、それで勇者に怒られて、結界の修復まで、皆で集落を守って戦ったのだった」

 カイヤが淡々と告げる事実に、アスは今度こそはっきりと思い出し、軽く目を見張っていた。
 やらかしている自分の所業。けれど、それを思い出したからと言っても、アスが特に羞恥や後悔で狼狽える等と言った反応に感情を露とする事はなかった。

 納得に一つ頷くのみの動き。それが、アス以外の周囲に分かる反応の全てだったのだ。

「一応、刻まれた魔法に作用しないように注意はしたが、幾つかの兼ね合いに調整が必要になったんだ」

 弁明ですらない、ただの自分自身への確認。
 そこにあった守り自体をどうこうした訳ではない。幾ら何でもアスだってその辺りの配慮を意識しない筈がないのだから。ただ魔法と魔法の間にある、然り気無くも緻密に張り巡らされた繋がりへの認識が足りていなかった。
 そう理解し、だからアスは反省はちゃんとしていて、今回は任せる事を選べているのだった。

「うん、何だ?」

 アスがふと気が付くと、四つの視線が自分に注がれている現状があった。
 驚きと、楽しげ、表情がなく、訝る様。

「秘された魔法の繋がりすらも読み取っているアスに、驚きよりも呆れがきているんだと思いますよ?」

 そうフェイが楽しげに口を開く。

「継承からの苦労を思ってまーす」

 それはラズリテで、伸ばす語尾の軽妙さとは異なり、その表情は真顔だった。

「さすが、その身にことわりを抱く存在と言うことですか」

 “理を抱く存在”との言葉に、一瞬だけアスは目を細める。
 控え目な驚きで目を見張らせたアズリテは、何処までこちらの事が分かっているのだろうかと思わせるものがあったのだ。
 だが、そんなアスの戸惑いは、フェイの発した少しばかり強目の口調に追いやられてしまう。

「やめて下さい。秘することに特化したカエルレウスの魔法を、魔女だからと言う理由で看破なんて出来ませんから」

 とんでもないとばかりに、楽しげだった様子から一転、フェイが間髪入れず、アズリテの間違った認識を正そうとしていた。

 “ことわりを抱く存在”とは、魔女の使う魔法の特殊性から集落と言うコミュニティで口にされる事のある名称だった。
 集落は一種の隠れ里であり、基本的に国と言う仕組みに属する事のない独自の集まりのもとに成り立っている。
 独自の集まり。それが一般に出回る事のない、“魔法”と言う力に由来するものであり、青の集落カエルレウスの魔法は、フェイが言うように、秘する、もしくは隠す等に特化した性質を何かしら持っている魔法だと言われているのだ。

 だが、先程アスが思ったのは、そう言った、青の集落カエルレウスに伝わる魔法についてのあれこれではなく、そんな一般の国々が知る集落と言うコミュニティにおいても、“理を抱く存在”等と言わしめると言う存在についてだった。

「・・・藍晶の魔女、だったか」

 気付き、呟いていた。
 そんな、アスの誰に向けたものでもない声は、けれど今、霧が流れ行く音すらも聞こえて来そうな静寂を持って迎えられる事になった。
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