月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】

37 霧の守り

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天上の青セレスティアルブルーを再現したいのですが、ようやくここまでの青を出す事が出来るようになりました」

 冷静な印象を持っていたカイヤが、少しだけ誇らしげに言う様子を意外に思いながら、アスは別の意味で首を傾げていた。

「あれはもっと淡い青色で、灰色がかっているんじゃなかったか?」

 思ったままを羽織へと向ける視線にアスが告げれば、何故かその瞬間に空気が遅滞した。
 止まるまでではなく、酷く注意をひく。警戒の様子にも似た周囲のそんな空気に頓着する事なく、アスは触れる羽織の布地に首を傾げ続ける。

天青石セレスタイトの色を出したいなら、藍銅鉱アズライトのアズールブルーでは強過ぎると思うぞ?」

 何気無く告げたアスは、戻した顔の向きに、そこにあった存在へと思わず仰け反ってしまった。

「ご存知なのですか?」
「は?」

 至近距離もいいとこである近過ぎる位置、それもかなり高い位置の目線で見下ろされる形とあいまり、アスは僅かに見張った双眸へと戦き、問い掛けを疑問で返してしまっていた。

儀式セレモニー用の魔法衣の裁縫技術は私たちの間にも継承されています。ですが使われる布地の素材も、染色の方法ですら大半が失伝してしまっているのです」

 助け船なのか、落ち着いた声音で、アスへと羽織を着せてくれた、群青色の髪の少年が説明してくれたが釈然としないのはそのままだった。

「長はね、趣味で染め物をやっていて、伝承の中にしか残っていない天上の青セレスティアルブルーを再現しようとしていたんだ、それでようやくこれだって思うものが出来そうだったんだけどね?」

 もう一人の、束ねた青紫色の髪を右サイドに垂らした少年が引き継いだ説明に成る程と、アスは心の中だけで一つ頷き間近にあるカイヤの顔を窺い見た。
 試行錯誤を重ねて、ようやくこれだと言うものを作り上げつつあったのに、それが否定された為の反応だったのだろう。

「入り江から出て来たのなら、集落中央の祭祀の祠だな。霧が、凄い・・・微かに魔法の残滓を感じるか」

 それはそれとばかりに、アスはカイヤからの威圧にすらまごう眼差しを、気にする事なく見遣る周囲の光景へと呟いていた。
 理由が知れてしまえば、流す事も容易いとばかりに。

 深い霧により、アス達がたった今出て来た洞窟の入り口と、この場にいる互いの存在だけをようやく見る事の出来る程度の視界。

「千年程前に当時のカエルレウスの長とウェリディスの長がネブラの魔法を刻み、大地の精霊との間で守護の約定としたのだと伝わっています」
「アズ?は詳しいのな」

 カイヤが呼んでいた名前を思い浮かべながら、二分の一の確率を考え、アスはそう説明をしてくれた群青色の髪の少年へと声をかけた。

「私がアズリテ、あちらが兄のラズリテです」

 アスの疑問形な呼び方からアズリテは察してくれたらしく、紹介と共に促され、青紫色の髪の少年であるラズリテへとアスが目を向ければ、愛想良く笑まれ軽く手まで降られてしまった。

「長みたいにラズって呼んでいいよ、魔女なおねーさん」
「私もアズで問題ありません魔女様」
「では私はアスと、どう言う形でか聞いているらしいが、外で魔女と呼ばれると色々と面倒でな」
「あー」
「失礼致しました。アス様」

 苦笑しながらアスが自分の呼び方を指定すれば、得心したようなラズリテの声が上がり、同時にアズリテからは謝罪が述べられていた。

「様もいらない。ここの魔女殿とは違って、私はそんな敬称を付けられるような存在じゃないんでな」
「・・・分かりましたアス、これでよろしいでしょうか?」

 開きかけ固まった口の形と、逡巡の感情を過らせて戸惑いを浮かべる目の動き。
 そんなアズリテの目がカイヤを捉え、頷かれた事で心が決まったのだろう。丁寧な口調を、確認を取る言葉遣いに残しながらも、アズリテはアスに様付けする事を止めてくれるようだった。

「話しも纏まった様ですし、ひとまず私の家へご案内しましょう」

 アズリテやラズリテとの会話の間にカイヤも冷静になったのだろう。
 アスへと先程の質問が重ねられる事はなく、まずは落ち着いた場所へと移動しようと促して来る気遣いがあった。

 かさりと、足裏で直に踏み締めた草地の感触に、アスはそう言えばと素足である自分の足を見る。

「癒しの入り江で治療を受ける際は履き物等は許さていませんので」
「承知している、靴だけでなく装束にも決まりがあって、だからこその小袖だったのだろう?」

 目を向けるカイヤへとアスは頷いて見せて、問題ないと伝える。

「決まりと言いますか、制限ですね。あの場所で眠る方へとはらっていただく敬意。尊い眠りを妨げる事がないように、本来なら身一つで向かって頂く場所ですので」
「気になるのでしたら、ブーツは私が預かっていますよ」
「対岸に着いてからで良い」

 亜空間収納に入れているのだろう、フェイが出しますかと言わんばかりに自分のウエストポーチへと伸ばした手をアスは止めていた。
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