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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】
34 駆け引き
しおりを挟む「外見的には七十歳程度。矍鑠とした老人といった風ですが、中身は腕白小僧そのもといったところでしょうか」
「まあ、だろうな。次代に全部押し付けて隠居してやるが口癖だったからな、私が立ち寄った時も、海から遡上して来たタイラントイールを嬉々として単独でボコっていたな」
「あの方らしいですね」
頷きあい、苦笑を見せるカイヤの様子にふとアスはあれ?と思った。
既視感の様に何かへと気付き、けれど、その何かが形になる前に、先程から疑問に感じていた別の案件が気になり、アスは先にそちらを解決しておくべく、口を開いた。
「ん~?湯治と言ったか?想像できないが何処か悪くしたのか?」
「いえ、まあそうですね?」
否定か肯定か、カイヤは首を傾げさせながら頷くと言う、本人もまた釈然としないと言うような仕草をして見せて来た。
「刺身が食べたいと思い至り、海まで遠泳した挙げ句、タイラントシュリンプと一戦交えたらしいのですが、そこにクラーケンの亜種とシードラゴンが乱入してきたらしく」
「普通に死ぬな、それ」
タイラントイールの件もそうだが、タイラントシュリンプやクラーケンの亜種。そしてシードラゴン。その全てにおいて、そもそもが人が単独で挑む様な相手ではないのだ。
「一網打尽にして、大漁大漁とはしゃいでいたところ、足をつったとの事です」
「・・・そうか」
突っ込みどころが多過ぎて、アスはかえって真顔になってしまっていた。
人間は、驚きが過ぎると呆れが来るものらしいが、更にその先に行くと、そうかとしか言い様がなくなるらしい。つまりは理解と思考の放棄だった。
「アス?」
「どうしたフェイ?」
アスとカイヤとの会話に戸惑う様な、それでいて何処か強張った様なフェイの声が差し挟まれる。
フェイの存在は、アスがそこにいるなと、認識した時からずっとそこにいたのだ。だから、答えるアスの声も自然な応答となっている。
動きなく、声をかけて来る事もなく、何処か呆けているかの様な、そんな様相にアスはフェイの反応を待っていた。いや、窺っていたと言うべきか。
アスにはフェイの反応を窺う理由があり、けれど、それを悟らせない様に、だからこその反応待ちをしていた。
「取り繕う余裕がないのなら」
「ん?」
「浮かべる笑みは虚勢ですらない」
「・・・・・・」
「貴方は誰ですか?」
瞬かせた双眸からの沈黙。そしてアスはフェイから真っ直ぐな瞳に問われた事で、その翠緑の瞳を静かに見返した。
「残念だが、フェイの望む答えを私が返す事はないよ」
静謐を湛えた瞳の色合いそのままの、凪いだ声音でアスは告げる。
だがフェイにとって、アスのその返しは、納得し引き下がる事等、到底出来るものではなかったのだろう。
「見間違いではない筈です。貴方の告げたあの瞬間の瞳は、間違いなく緑に類する色をしていました」
いつになく強い声だった。
フェイの言う“あの瞬間”がアスには分からず、けれど思い至れない訳ではなかった。
フェイが告げたその時の言葉を、アス自身の口が語ったのだろうが、その自覚はなく、ならば違ったのだろうと、そう理解は追い付いていたのだ。
「見間違いでないと、そう確信されている目の緑色で、その手の事をフェイへと告げたとなると“アキ”じゃないんだな?」
一応の確認をアスはしておく。
アスは望んだのだ。状況や条件からそれに応えたのは“アキ”だと知っていて、だからこそもうひとりまでが出て来ているとは思っていなかった。
「アキと呼ばれることを望んだ方は、やりたい放題をして、すべきことを果たしていかれましたよ」
「やりたい放題か、まあ、すべき事を叶えてくれたのなら、手段がやりたい放題でも構わない・・・取れる手も限られていただろうし、カイを助けると言う私の望みを果たして動いてくれたのなら、それは等価だ」
カイがどうなっているのか、実際のところアスに把握出来ている訳ではなかった。
アス自身がカイを助けて欲しいと望んだ。そこまでが、アスの明確に理解している範疇だったのだ。
「その結果で貴方が死にかけましたが?」
「もうひとりの手が借りられないのは分かっていたからな、死なない限りは許容するさ。そこまでが折り込み済みの約定だからな」
約束として定められた範囲。カイを助ける言う望みに対する代償をアスは理解していた。
自身が出来ない事を望むのだから、そんな過ぎた望みを叶えようとするのなら、代償が命に類するものであっても仕方がないと、そう言う許しをアスは認めているのだ。
ただ、命に類するものを失うにしても、命そのものは許可していない。
だから、例えどれだけ死に近付こうと、アスにとってはそれだけでしかないのだ。
「・・・私がいたからですか?」
「それは、あれに直接聞いてくれ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
アキではない“もうひとり”。その存在がフェイの何かを騒がせているのだろうと、アスはそう認識していた。
漣立ち続ける心の動き。浮かべる笑みの表情すらも忘れたかの様な、フェイの余裕を欠いたそんな雰囲気に、だが、その先を語るつもりはないとアスはフェイを見返したままの沈黙を行使する。
そうして、それはフェイも同じだった。譲らないと、アスへと向ける眼差しに、その意志だけをのせていたのだ。
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