月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】

33 カイヤ・ヴィリロス

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 揺蕩う水の微かな動きよって、青みを帯びた白銀の髪が広がっていた。
 濡れる事で青みを強くするのではなく、色を失いより透明感を帯て光輝を纏う髪色。水面の下で瞼を落としたまま、普段よりも血の気を失っている顔色が、未だ回復の兆しの見えない状態を思わせている。
 そんな状況が状況であっても、あるいはそんな情景だからこそか、死の境に踏み出しかねない在り様が幻想的な神々しさを思わせるその姿に見え、言葉を失い見入る者が殆どだとすら思わせていた。

「なにを考えていますか。翠翼すいよくの魔女?」

 かけられるその声は、様子を見続けているフェイの顔に、普段から浮かべ続けている笑みこそあるものの、その双方には柔らかな色合いどころか、他のどんな感情の一欠片すらも浮かんではいない事に気付いている為だろう。

「・・・いつまで、ここで足止めされていればいいのかと」

 睥睨するかのように見下ろす視線から、フェイは話し掛けて来た人物へと緩やかに眼差しと意識を向け、その間に感情へと区切りをつけたのかそう呟くようにして告げた。

「取り繕う、余裕がないのなら、」

 意識から外した訳ではなかった筈で、なのに、フェイが視界から外した、その数瞬の間に何かがあったらしい。
 
 弾かれた様に、フェイは水面の下にいる少女へと視線を戻していた。

「浮かべる笑みは、虚勢ですらないよ」

 一つづつの文節を、発音か言葉遣いでも確認するかの様に言葉は続く。けれどその内容自体は何でもないかの様に、フェイには響いていた。



※ ※ ※

「ん、うん?」

 緩慢な瞬きの間にアスの上げた曖昧な声。アスはその僅かな時間で、現状の把握に全力で努めていた。

 何処からか流れ落ちる静かな水音を聞きながら、佇むアスは目にかかる様にして落ちた前髪を鬱陶しげにかき揚げて流す。
 そうして遮る物のなくなった視界に、アスと向かい合うようにして佇むフェイの姿が入り込んだ。
 あまり覚えてはいないが、朦朧とした意識にもフェイの声が聞こえていた様な気がしていたので、そこにいる事に問題はないなと、アスは一つ納得する様に頷く。
 そして、その次に、この場にいるアスとフェイ以外の人物、フェイの右後方でやや距離を取った場所に佇んでいる存在へとアスは目を向ける。
 身体のラインを隠す様な、ゆったりとした青紫色の長衣を纏う、白皙の端正な顔立ちをした男性がそこにはいた。
 フェイもなかなかの長身であり、アスが近くで会話をしようとすると見上げる形になるのだが、その男性はそんなフェイよりも更に頭半分ほど高い位置に顔があり、距離を詰められれば確実に首が痛くなるだろうなと、アスがまず思ったのはそれだった。

 アスがそんな事を思っているとは分からない筈だが、アスの意識が自分に向いていた事は分かったのだろう、その長身の男性は落ち着いた仕種でアスへと歩み寄って来る。
 自然な所作でフェイを避け、長衣の裾を波打つ様に揺らしながらもアスの正面に来ると、近過ぎない位置で歩みは止められた。
 案の定と言うべきか見上げる体勢となりつつあるアスの様子に、だが、あろう事か、その男性は身を屈めるどころか膝をつき、アスと目線の位置を合わせて来た。

藍晶らんしょうの魔女が使い、カイヤ・ヴィリロスと申します」

 膝を着いた事で、カイヤと名乗ったその男性の癖のない暗い青色の髪の先が地面へと着いていた。
 自身の胸へとあてる右手に、アスと合わせた青緑色の瞳から、柔らかな声音で送られる挨拶。
 身を屈めるだけではなく、膝を地面へと着く、そんな仕種に卑屈さや嫌味はないが、丁寧に対応してくれるにしても程があるだろうと、アスはやや面食らいながらも浮かんでしまう苦笑を抑える事はなかった。

カエルレウスの長か、藍珠らんじゅの守り・・・・・・ここは、青の洞か?」

 名乗られた事で気付き、重い至る。そうしてアスは視線だけで周囲の様子を窺っていた。

「ヴィリロスは海の様な青碧色の石を意味する古い言葉だ。輝石の藍玉アクアマリンの事で、カエルレウスの民の長が代々継ぐだったな」
「おっしゃる通りです。先代シアンから守りの役目を引き継ぎ、百年にも満たない若輩ですがね」
「成る程。シアンとは面識がある。元気にしているか?」

 そう聞いておいて、けれど、この質問はないなとアスは思った。何しろ、フェイは言っていたのだ、あれから二百年以上経っているのだと。
 アスがシアンと言う人物と最後に会ったのは、災禍の顕主の討伐へと向けた勇者との旅の最中の事だった。
 当時五十歳前後の外見をしていた筈だが、そこから考えても只人が生き長らえていられる年月では有り得ないのだ。

「残念ながら・・・」
「そうか」

 カイヤの口から予想していた言葉が発せられるのを適当な言葉でアスは遮る。だが、遮った筈の言葉は、アスの想定外の方向へと向かうべく続いていた。

「湯治に行ってくると、東の諸島群で、温泉巡りを満喫しているようなので、元気すぎる程かと思います」
「羨ましい!じゃなかった生きているのか?」

 思わずと言った様に飛び出すアスの本音と、まさかと言う驚愕。
 アスは唖然とカイヤを見返してしまっていた。

「保有魔力が多いと、肉体の老化が緩やかになるのですが、聞いた事、ありませんでしたか?」
「いや、知っている。知っているが、それでも二百年以上前のあの時ですら、それなりの年齢じゃなかったか?」

 寄せる眉根にアスは記憶を辿る。
 魔女と言う異端の存在は、また別の話としておいておいて、他の様々な生き物達の有り様においても高い魔力を保持する生き物は総じて長い時を生きる傾向にある。
 そんな傾向にあったとしても、シアンと言う人物は当時ですら、既に二百歳を越えていたらしいのだ。そうなると現在は四百歳か、もしかしたら五百歳を越えている可能性もある。
 一般的な寿命の倍をゆうに越えてきている状態であり、いくら高魔力保持者でも難しいのではないかと思わずにはいられなかった。
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