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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】
27 ニーズヘッグ
しおりを挟む「大丈夫、勘も十分戻っているから。余計な苦しみを与えたりなんかしない」
アスは自身を見詰めるカイへと、言っておくべきを言い、伝えるだけと言うように、ただ淡々と告げる。
そして、その左手には何時取り出されたものか一振の剣が握られていた。
アスの戦闘時に主に使われていた双剣ではなく、細身だが一メートル程の長さを備えた長剣。一般的に細剣と呼ばれるものに近い形状をした剣だった。
漆黒の闇で象られたかの様な鞘、そして木々に絡み付く蔦を想起させる柄等に華美な装飾はなく、なのに、それが地味と表される事等ないだろうと思わせる研ぎ澄まされた清廉さがその剣にはあり、見る者の目を惹いていた。
「久しぶりに、仕合おう?兄さん」
何処か揶うように誘いの言葉を告げ、アスは静かだが酷く好戦的な笑みを浮かべ、剣を鞘から抜き放つ。
鞘に収められた状態では、纏うある種の澄んだ空気に何処か祭祀等で用いられる儀礼用の剣を思わせていた。
けれど、抜き放たれ露とされた全容を見た今、直ぐにそんなものではないと、見る者達へと突き付ける刃の鋭利さから来る威容があった。
カイの細められる常緑の眸に、可笑しそうな興の乗った色合いを見る。
その様子から、アスの提案が二人にとっては慣れたものなのだろうとルキフェルとフェイにも思わせ、他の誰にも口を挟ませないそんな空気を醸し出していた。
けれど、誰が止めなくともアスのその誘いは受け入れられる事がなかった。
ー・・・ッー
耳で捉えた音ではなく、意識へと直接叩きつけられたそれに伝えられる意味はなく、だが、間違いなく悲鳴であり、絶叫である響きに、アスは目を見張った。
「カイ!」
強く呼ぶ名前。キュインッと音が歪む響きに、アスが手にした細剣の柄、スウェプト・ヒルトと呼ばれる柔らかな曲線を描くその部位で、アスは突き出された角を絡め取っていた。
「死霊のにおいだ」
「死霊・・・まさか」
寄せる眉根にルキフェルが呟く言葉。それを聞いていたフェイが一瞬の思案の先に、何かへと思い至った。
「ニーズヘッグ、そんな」
フェイは自分で辿り着き口にした結論を、その瞬間には自身で疑っていた。
「眷属の蛇か、寄生もそうだが、憑かれたって表現もあながち間違っていない訳だ」
絡め取っていた角を自ら解放し、同時にアスは後方へと大きく跳んだ。
「北の大陸、イルミンスールの痕跡を見付けたのか・・・」
呟くアスの言葉にカイが反応を示す事はなかった。
カイはその場から殆ど動く事がなく、一歩二歩を踏み出し、頤を振るう事はあっても、攻撃と言うよりは牽制に近い動きをして、追撃に移って来る事もなかったのだ。
「ニーズヘッグ・・・?この臭い、そうだ、嗅いだことあった。だが、あいつならクルスが首を落としたはずだ」
「あれは死者の血を啜り、その魂を翼に乗せて飛ぶ紛れもない竜種です。・・・大きな災禍でもない限り、普段は魔力保有量の高い樹の根なんかを齧って地中にいますから、確かに死霊の臭いで、闇間と地底の臭気なのでしょうね」
ルキフェルはかつてを思い出し、告げながらも、アスとカイの間へと割って入るタイミングを見計らっているようだった。
そしてフェイは、ルキフェルの言っていた事を思い、ニーズヘッグと言う存在からカイによる発言を考えていた。
「剣聖殿が、一太刀で首を落としてくれたから、そのまま強行したが、あれは翼に乗せた魂の分だけの命がある」
「眷属と言いましたか?」
「ニーズヘッグは竜に属する。黒灰色の分厚い外皮に鱗のない躯で翼持つドラゴンだったか?まぁ、飛べる翼があるのに地中にも潜る事が出来る変わり種で、翼を持たない眷属と一緒にいる感じだ」
フェイ達のもとへと後退して来たアスが、カイから目を離さないままに告げる。
「ルキ、動くな」
「アス?」
交代を見計らい、アスに代わって前へと出ようと重心を動かすルキフェルの僅かな挙動に、アスはただ制止を告げる。
そんなアスへと、引き留めを告げられたルキフェルではなくフェイが名前を呼ぶ、その響きを聞いただけで、アスの内心には苦笑ともつかない笑みが浮かんでいた。
怪訝そうに、困惑にも近い。その響きに、フェイは具体的にではない筈だが、何かを感じ取ったのだろうとアスは察していた。
「ん・・・仕方がない、か」
表情には出さず、フェイが察したであろう事を気付かない振りでアスは独り言の様に呟く。
「何がでしょう?」
聞きなれていないと分からない程度に、問うフェイの声が強張っていた。
「無茶をしようかと思ってな」
「・・・は?」
何気ない口調と、笑みさえも浮かべていそうな声音でされたアスの宣言に、ほんの一瞬、フェイは虚を突かれたかの様に、けれど、直ぐ様半音程低くなった声音でのたった一音が誰何を告げた。
「大人しく怒られるから、後を任せる」
引き留められないようにか、そう告げた時にはアスは行動を開始していた。
「カイ、また後で」
そう囁くように告げるアスの手から、細剣が滑り落ちた。
刃は下方へと向いたまま、そうして地面へと突き刺さるサクッと言う軽い擦過音をアスは聞いていた。
「アスっ!」
そう切迫した声音が呼ぶ名前。呼んだのは誰だったのだろうか。
下から上へと、視界が捉えている緩やかな挙動に反して跳ね上げるように振られるカイの頭。
その大きな角を掻い潜るようにしてアスは地面のすれすれを滑る様に動き、そうして目測のもと予定していた最後の一歩とともに右手を突き出していた。
赤く、紅い、緋沙羅。その場にいた誰の視界にも、咲いた大輪の曼珠沙華の花の如き色合いが広がり視界を染めたのだった。
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