月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

文字の大きさ
上 下
78 / 214
【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】

20 魔女と聖女

しおりを挟む

 その壁面は、ルキフェルのいた地下へと続く階段があった場所に位置していた。
 教会に着いた当初、レイリアの案内により、この空間へと最初に踏み込んだ時と同じように、今は下へと続く階段への道は閉ざされ、けれど、それまではなかった筈の短い文が壁には刻まれていたのだ。

「リュシール・・・?」
「ル・シルだ、異端の文字列ゼノ・スプリクタの方で発音する」

 フェイの呟きを訂正し、アスは告げる。

異端の文字列ゼノ・スプリクタ、セラフェノ韻音ですか?」
「そうだな、“星”の司、始源の魔女光であり光を掲げしル・シル・エル・全ての歌い手エマ・シャロン

 掠れ、ほぼ消えかけていた為に、本当は最初にフェイが読んだル・シルの部分を読み取る事がやっとの状態だった。
 それでも、アスには刻まれていたであろう名前に予想がついたのだ。

「星、ではアスの先代ですか?」
「いや前の前だな」

 つまりは先々代。アスは自分の前に二人の“星”の司たる魔女がいて、自分が三人目にあたっていると知っていた。
 通常同系統の魔女であっても、先代を知っているかどうかは半々ぐらいの可能性だった。
 直接引き継ぐ事でもなければ、自身の先代すらも知らないと言った状態は別段珍しくない為だ。
 それでも、アスはその名前を把握していたし、何なら先代の名前もちゃんと記憶していたりする。

「全ての魔女を把握している訳ではありませんが、“星”は特に謎が多くて、アスが最初と言ってもたぶん信じたと思いますよ?」
「流石に二千四百年は生きていないな」
「二千四百年・・・?」

 それはどう言う基準で発せられた年代だったのか、魔女のルーツは魔女自身であろうと知らず、この世界に何時から存在しているかも曖昧なのだ。なのにアスにより明言された二千四百年という具体的な歳月は何を元に発せられたものだと言うのか。フェイは一瞬だけ思考を巡らせ、そして、直ぐにある出来事に行き当たったらしい。

「大災禍」

 そう呟いたのはフェイではなく、ルキフェルだった。
 振り返ると、フェイ以上に何かを悩み、考えているかのようなルキフェルが、アス達を素通りさせる視線に壁の文字を見詰めていた。

「ル・シル、・・・古語であるセラフェノ韻音やそれを記していた異端の文字列ゼノ・スプリクタの碑文は教会が閲覧を禁じているから分からないが、リィルが言っていた。リュシール、シャロン・リュシールは本当はルシル・エル・シャロンと言う名前だって」

 ルキフェルが抑揚に欠けた声で告げる言葉に、フェイは、ああと小さく声を上げると、何かに気付いたようだった。

「二千四百年前の大災禍を初代の勇者アルトゥリウスとともに収めた原初の聖女、シャロン・リュシール。そうでしたか」

 納得したように一つ頷いて見せるフェイとは対照的に、ルキフェルは強く握った拳を震わせ見開いた双眸を困惑と戸惑いの感情に染めていた。

「魔女が聖女・・・?」

 掠れた声で呟かれる言葉。
 原初の聖女として名前が残るシャロン・リュシール。そして、始源の魔女としてここに印されたル・シル。

「同一人物なのでしょうね」

 至極あっさりと、結論はフェイによって告げられてしまい、その言葉にルキフェルは何を思うのか、
眉間へと寄せる皺に強く目を瞑ってしまった。
 受け入れがたいのだろうと、アスはそう理解する。何せ、教会は魔女を魔物を操る悪しき者とし、その対極に等しく在るように聖女を神の声を届ける聖なる存在としているのだ。それが同一の存在等あって良い訳がなかった。

「今いる十二の魔女は二千四百年前の大災禍にルーツを持っている。常盤ときわ地祇ちぎ非時ときじくの魔女はその時から生きていると言っていた」
「確かに、司る紋章クレストの下に名前が二つ以下なのはあの御三方だけですね」

 見回す周囲にフェイは告げる。
 “樹”、“地”、“時”以外の場所には最低三つ以上の名前が印されているのが普通であり、それが、それぞれの魔女が紡いで来た歴史そのものなのだろう。

「災禍の顕主が三百から五百年周期で現れているとして、“火”は歴代好戦的な方が多いとお聞きしていたので、まあ納得なのですがね」
「“水”と“光”は役目がらだな」

 特に名前が多く印されているのがその三系統だった。
 役目に着いている間は不老に近い筈の魔女が、それだけ名前を連ねていると言う事は、一人辺りの魔女として在る期間が短く、けれど同時に、その役目にあたる者の不在期間もまた短いのだと言う事が上げられる。

「当代が死ぬか降りるかしても、次代への継承が上手くいっているって事でもあるな」
「不在の期間が短いのは、残される側の負担が減りますからね」

 何らかの理由で魔女の存在が失われた場合、その魔女の役目は次代の誕生と共に引き継がれる。
 けれど、魔女の喪失に災禍の顕主の時代が重なると、その時の災禍の顕主が倒されるまで、その魔女の存在は確実に空位となる。

「他の特性が合う魔女か、繋がりチェインが代理を努めるが、どうやっても行き届かなくなってくるからな」
「その結果、と最悪ですね」
「最悪だな」

 フェイの何気無い最悪との言葉に、アスは顔を顰め、心から同意していた。
 と、その一言がアスにとって酷く重いものであるかの様に。

「はっ」

 空気が抜ける様な、けれど間違いなく笑みを含んだ声音だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

処理中です...