月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】

18 懊悩

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「付き合いきれないとこちらを突き放したかと思えば、私を危険から遠ざけ、自分はその対処に向かっていたと」

 淡々と、アスの言動と行動の意味を並べるルキフェルの平淡な声音に感情は乗っておらず、その事がかえってアスがした事としなかった事を突き付けて来るようで、アスは自分が追い詰められていっている事態に気付かざるを得なかった。

「危険な目にと言ったが苦戦した訳でもないし、第一無傷だろ?」
「因みに因果の獣カウセリトゥスから、直に受けた傷は治らないので注意が必要です」

 アスは無傷アピールで大した事はないのだと暗に伝えようと頑張っていたのだが、味方ではないが敵でもなかった筈の存在フェイから手酷い裏切り受ける事になった。
 『味方でないのだから裏切ったとは心外です』とアスが心の中に思い浮かべたフェイにすら突き放されてしまったのは、完全な被害妄想でもないだろう。
 傷が治らないとかなんとか言ってくれたフェイのせいで、アスは未だに顔は見れていないと言うのに、ルキフェルの目が吊り上がった光景を幻視してしまったのだ。

 フェイの戦う時に備えて、当たり前の注意をしただけですよ、と言った顔が憎らしいとアスは始めてフェイへと抱く感情と共に、目線だけで抗議を伝え続けるのだが、受け取るフェイの側が気にも留めてくれない為に、全くの無意味となっていた。

「ねえ、アス」

 その声音に怒りはなく、響きだけはいつも通り穏やかにルキフェルがアスを呼んだ。
 そう呼び掛けられて、アスは心の中だけで、ああ、と観念したかのように溜め息を吐き、フェイを見詰めるのに必死だった眼差しからも力を抜いた。
 自分がアスであり、ルキフェルからアスと呼ばれてしまったのだから答えなければいけないと、そう思うのだから。
 けれど、アスが応じようと口を開き、顔をルキフェルへと向けようとしたその瞬間に、ルキフェル自身が告げる一言によって、アスは思っていた事や、考えて発しようとしていた言葉の全てが失われるのを感じ、表情を消していた。

「私は、僕は、そんなに信じられないのか?」

 向けられた問い掛けに、アスはその瞬間、現状における全てを忘れた。
 そして、定まる事のないルキフェルの一人称に、僕と続いたのも悪かった。
 そうとしか言えないけれど、理由とも呼べないそれらの事柄に、

「はっ」

 気が付いた時には、そう鼻で嗤うような声が、自分の口から溢れたのをアスは聞いていた。
 行儀が悪かったなと、心の片隅の冷えた部分でそんな感想を抱きながら、避けていた筈の視線へとアスは自分から目を合わせに行った。その先で、僅かな驚きに目を見張りながらも困惑の表情を晒しているルキフェルを見る。
 見据えたと言っても良いのかもしれない凪いだアスの眼差し。次第にルキフェルの表情から驚きの感情は消えていったが、困惑だけは今尚居座っているようだった。

「信じる?・・・何を、」

 そんなルキフェルへと、淡白な声音でそのまま口を開いたアスは、けれどその先を途切れさせて口を噤む。
 頭が冷える。たった一言に対して振り切れかけた感情の波は、その瞬間を乗り越えてしまえば冷めるのも早いものだ。

 自分を見るフェイの眼差しに気付き、アスが気付いた事で、フェイもまたアスの感情の動きに気付いたのだろう。
 視界の端で探る眼差しが瞬時に諦めを映し、フェイはアスに対しての表情を苦笑へと変えて来た。
 確信犯。アスの脳裏にその言葉が過る。この場合は便乗した形か、それとも、そもそもがフェイの仕込みなのかと、考えても分からなそうな事をアスは思っていた。
 フェイの笑顔は苦笑と言えど鉄壁で、そこから何を考えているのか察する事はアスには無理だったのだ。
 ただ分かるのは、フェイはアスのルキフェルに対する感情を露にさせたかったのだろうとそれだけ、その先で、アスが発しかけて途切れさせた言葉の先を聞きたかったのかもしれない。
 アスがルキフェルの囚われた契約の詳細を知ろうとしたように、フェイはアスが二百年以上も眠る事になった理由、あるいはそこから目覚めた訳を知ろうとしたのだろう。

 溜め息を吐きかけぐっと堪えると、アスは自身の凪いだ双方へと映すルキフェルへと意識を向け直して口を開いた。

「言ったよルキ、私をお前の行動の理由に置くなと、”お前が選ぶその中に、私の存在を入れる事がないように、それを約束出来るのなら”って」

 承諾は貰えていなかったが、今尚ここに留まっていて、この先へと共に来る未来があるのならと、アスは改めてルキフェルへとそのを告げた。

 僅かに目を見張るようにしてアスはルキフェルに凝視される。
 アスを見たまま口を開きかけて、閉じる。そんな仕種を二通り程ルキフェルは繰り返し、結局は何かを言う事もなく引き結ぶ形に留めた。 

「それは、彼の存在そのものを否定している感じになりそうですね」

 フェイが小さく呟く。
 ルキフェルは、思い出せない記憶にも、おそらくはアスへと何事かを謝る為に今こうしてここにいるような事を言っていた。そんなルキフェルへとアスは自分を理由にするなと告げたのだ。
 確かに、理由そのものに拒まれて仕舞えば、立場を失うも同義なことだろう。

「私は承諾していない。でも、なら、どうすればいい」
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