月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

文字の大きさ
上 下
75 / 214
【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】

17 失態

しおりを挟む

「と言うかだな、言ったと思うんだが?“手を出すな”と」
「言ってましたね」
「言ってたな」
「お前ら・・・」

 アスは見詰めてしまう手の中の歯車から引き剥がすように目線を逸らし、上げた視線に目を半眼にしてフェイを見た。
 半ば予想していた微笑みを返され、次にルキフェルを見て至極真面目に頷かれた。
 ちゃんと聞こえていたのは結構な事だがと、そんなそれぞれの反応に、無意識の内にアスの溢していた呻くような声。
 開いた口が塞がらないとはこの事だとアスは妙な納得をしてしまっていた。

因果の獣カウセリトゥスと名付けましたか、あれとの遭遇は私も久しぶりでした」
「無茶をしていないようでなにより」
「と言う事は、貴方は無茶をしたからあれに遇っていたと」
「・・・・・・」

 遭遇が久しぶりで、無茶をしていないとフェイの事を評するなら、無茶をすれば因果の獣カウセリトゥスと遭遇すると言う事をアスが知っている言う事。
 つまりは、アスは無茶をして因果の獣カウセリトゥスと遭遇していたのではないのか?具体的な事は言わないのに、そうフェイの視線が詰問を投げ掛けてきているような気がして、アスは黙り込んでしまった。

「世界には定められたことわりが存在します。定めたのが誰かと言われると困るのですが、まあ、あるものはあるんですね」
「自然の現象を現象たらしめている理法であって、法則や条理を魔女はことわりと認識する。そうなって来ると、創造神セイファートの管轄かとも思うんだが、あれもことわりの内に在る存在と言えなくもないから、もっと根本的な世界の在り方自体がそうなのかもしれない」
「神に対する不敬を堂々と口にするのは止めて下さい」

 呆れたようなフェイの言葉で、アスは唖然と自分を見るルキフェルの表情に気が付いた。

「“アレ”呼ばわりでかなりですが、世界を創造した存在に対して、それこそ、“神”と言う存在すらもことわりの一部と言ってしまうのはとても危ういかと」

 何が問題かを諭しながらも、フェイもまた、そこまで“神”と言う存在を至高のものとして敬ってはいないような気がした。

「自身の“神”って在り方も、定められた、あるいは定めたことわりの一端。でないと、世界に在る事は出来ない」

 “神”が“神”として在る為に存在する世界。ならば“神”を“神”たらしめていることわりがそう存在している。
 つまりは“神”と定める定義がなければ“神”足り得ない。だからこそ、“神”もまたことわりの内の存在だとアスは言っていた。

「・・・教会が魔女を異端とする理由が分かったかもしれない」

 呻くようにルキフェルが呟いていた。

「世界を創ったと、崇高な存在だと、ただ崇めるんじゃなくて、崇めるべき存在だと訳ですか」
「ん?」

 フェイの続ける言葉をアスは何処か不思議そうに聞いていた。“神”を崇める存在として認識する事の何が不味いのだろうかと考える。

「いえ、“神”も“魔女”もアスにとってはものと言う感覚だと分かりました」

 何でもないと言うように笑むフェイの様子を、納得したなら良いかとアスは受け入れ、考えていた事をあっさりと放棄した。

「とまあ、話しがだいぶ逸れていったが、因果の獣カウセリトゥスは、そのことわり、もしくはことわりに因る契約に抵触すると、あんな感じで何処からともなくやって来る」
「空間の壁を引き裂いて出てくるので、何処か別次元の存在とも思うんですが、どうにもはっきりとしませんね」
「ぐちゃぐちゃだものな、あれ」
「ええ、顕現するにあたってこの世界の生き物の情報を参照している感じがあるのですが、もともとこの世界由来の何かと言う可能性も捨てきれませんし」

 水棲の生き物が泳ぐ為の鰭や水掻きと、空を行く鳥の翼等、そんな異なる環境で生きる既存の生き物を手当たり次第に混ぜた、単一の生き物としては在り得ない姿で因果の獣カウセリトゥスは現れ出でる。
 それをアスはぐちゃぐちゃと表現するのだ。

「契約に、抵触する」
「あ」

 ルキフェルの言葉にアスは視線を明後日の方角へと逸らし、反射的に自身へと向けられた眼差しから逃れていた。

「不自然だと思ったが、そう言うことか」

 そう告げる低い声音は間違いなく怒気を含んでいた。

「質問の内容か、得た解答にか、あの打ち切り方ですと、探ろうとする事そのものが駄目な可能性もありますね」

 他人事のようにも考察を口にするフェイへと、アスは助けを求める視線を送るが、そもそも目を合わせても貰えなかった。
 あれは絶対に気付いている。気付いていて、気付かないふりをしていると、アスは恨めし気な眼差しをフェイへと向け続けていた。

「私の記憶を探ろうとした。そのせいでアスは、あんな危険な目に遇っていたのか?」

 質問の形をとっているが、ルキフェルからの問い掛けは、否と取り繕う事を許さないものだと思った。

 ルキフェルが交わした契約の内容についての会話をしていた。
 その最中に、アスは触れてはいけないものへと触れたと、そう感じたのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...