月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】

14 抵触

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「・・・そもそも契約とはなんだ?」

 不意にルキフェルはそう呟き、フェイは細める双眸にルキフェルを見詰め、アスは一番の前提条件が崩れている事を悟った。
 契約の内容と、対価の問題。そう考えていたから今までの会話だったのだ。
 だが、今のルキフェルの一言は、その会話全てを早計とするものに成り下げた。

「契約を契約と理解していない。そう言えば“約束”なんて言葉を使っていましたね」
「なにか問題が?」
「“約束”はお互いどうしだけでの取り決めだけれど、それが“契約”となると、その約束の内容に互い以外の強制力が働く」
「貴方の言葉を使うなら、魔女として在る存在と貴方が不用意な“約束”を交わした可能性が出て来たと言う事です」
「こうなって来ると、正規の結び付きじゃない可能性があるのか」

  何もかもか不確かで、頭を抱えたくなる状況に、不意にアスは思った。この問題に自分が関わる必要があるのかと。
 アスは魔女との不完全な契約の危険性を知っていた。だから、どうにかしなければと考えた。
 けれど、今は何故と思ってしまった。
 そして、そう思った時、アスはフェイの視線に気付いた。
 窺うような、探るようなフェイの眼差しがアスを見ている。

「そう、だな、自分から深みへと嵌まりに行かなくても良いのか」
「アス?」
「ルキ、悪いがこの話しはここまでだ。私が切り出した感じだったが、付き合いきれない」

 ルキフェルへと向けるアスの顔には、どの感情も明確にする事のない、けれど無表情とも異なる、うっすらとした表情とも呼ぶことの出来ない何かがあった。

「そうですね、私もここが引き際だと考えます。不確かさしかないのですから、考えようとするだけ無駄でした」
「分かった」

 自分の事の筈だが、二人からそう言われてしまえばルキフェルも頷かずかない訳にはいかないのだろう。フェイを見て、アスを見る、その眼差しからは何を思っているのは、分かり難かったがルキフェルはそう同意の言葉を告げて引き下がった。

「さて、じゃあ出来れば午後にはここを出ようと思うのだが、行けそうか?」
「急ですね」
「そうでもないだろ?一ヶ月留まっていた訳だからな」
「そう言われるとそうかもしれませんが、そうですね、もともといつでも出られるようにはしてありましたし、では私は少し部屋などの使用した範囲を片してきますね」
「私は少しやる事があるからここで一先ず解散な、昼過ぎに教会前集合で・・・来るならその時間だルキ」

 フェイと簡単な打ち合わせをした後、アスはそうルキフェルへと告げると、その返事も待たず、足早に食堂を出ていった。

 そのまま、宿泊していた建物部分を抜けて行く。
 ルキフェルもフェイもアスに付いてきてはいないのは確かで、そんな確認からアスは聖堂へと踏み入っていた。

「・・・限界か、っ」

 呟きが、呻くようにその静謐の空気へと溢れ落ちた。
 女神カルディアのレリーフが見下ろす場所で、魔女等の紋章エンブレムに囲まれながらアスは足を止める。
 その直後事だった。

ーガラン、ガラーンー

 この教会に鐘楼のようなものはなく、けれど、辺り一帯に響いていそうな程の大きな音量で突如として響いたその音は、教会等にある鐘にその音が酷似しているような気がした。

ーガラン、ガラーンー

 音は澄んだ響きとは言い難く、壮麗さや荘厳さともかけ離れていた。

ーガラン、ガラーンー

 皹割れ、欠け落ちる寸前の陶器の鈴か、或いは赤錆の浮いた朽ちかけた金属の鐘か。
 それは、空の彼方から落ちて来るかのような音であり、遥か地底から大地を突き上げるかのような音をも思わせていた。
 響きを失い、反響はなく、だが、その音は複数の音程による確かな和音を鳴らし、奏でられ続ける。
 聞く者の不安を煽り、焦燥感を沸き上がらせ、本能的な恐れすら抱かせる、そんな音の連なりが何時終るとも知れぬ響きを重ね続けていた。

 アスは沸き上がり来る感情の全てを宥めすかして飼い慣らし、そうして行動を始めた。
 垂れ下げたまの両腕に、アスは何時の間にかそれぞれ一振ずつの短剣を握っていた。
 腕を伸ばした状態で前方へと持ち上げ、刃どうしを触れ合うかどうかのぎりぎりの位置で緩く交差させる。
 そして、おもむろにアスは刃先を重ね、その刀身を打ち鳴らした。

ーキンッー

 不純物を排除した、純粋な金属どうしをぶつけ合ったかのような高く、澄んだ響きがそこにはあった。
 たった一度だけ、それも大した力も込められる事なく打ち鳴らされたその音は、不思議な程に余韻を残し、狂った鐘の音と共にどこまでも広がって行く。
 表情なく、アスは伏せ目がちにした双眸でその音を聞き、まるで、その音の広がりを辿る様に耳をすまし続けていた。

「・・・駄目か、調律しきれていない」

 声に出して呟き、今度こそ半ば以上の諦めを以て腕を下ろすアスは、完全に腕から力を抜く訳ではなく、手首の支えを残して構えとした。
 そして、

ーピシッー

 実際に音がした訳ではなかった。
 ただ、そんな音がしたであろう光景だけが、アスの目の前で展開されていた。
 氷で冷やしたグラスを急に火の側へと持って行くと、グラスには突如として蜘蛛の巣状態の皹が入る事がある。
 そんな光景に似ていて、けれど今、皹が入っているのは硝子のコップ等ではなく、アス目の前の光景そのものだったのだ。

「契約への抵触・・・背いた者へと与えられるのは罰。そして、願う為に乱され世界からの、排除」
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