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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】
11 喧嘩!!?
しおりを挟む「これが、貴方が一緒にいようとするアスと言う存在です」
「・・・・・・」
早々に話しを切り出すフェイへとルキフェルはまたも無言になってしまった。
無言のままルキフェルが一瞬目を向けるアスの方に、アスは気付いたが応じる事なく、これもまた何時の間にか用意されていたグラスの水を飲んでいるところだった。
予想するまでもなく用意してくれたのはフェイであり、けれど、フェイが飲んでいるようなちゃんとしたお茶ではなく、それが本当にただの水だったのは、やはり、一連の行動に思うところがあったからなのだろうとアスは大人しく水へと口をつけていたのだ。
「持て余した感情に、躊躇いなく、自傷行動を起こそうとする気狂いがアスです。と言う事です」
「気狂いはないだろう、手が使えなくなるような場所は狙っていなかったし、綺麗に貫通させれば治癒力を高めて、半日ぐらいで塞がるし」
「・・・気狂いではなく気違いだそうです」
一応の反論にも容赦がなかった。
同じ“キチガイ”との音に、微妙なニュアンスの違いがあり、けれどそこに込められているであろう意味合いの違いまでを読み取る事は出来ず、尋ねる事を許してくれそうな雰囲気でもない。
寧ろ、アスへと向けられる救いようのないものを見る眼差しに、向けられたアスが居心地の悪い思いをするだけだった。
「次があったとしても私はもう止めませんのでお好きにどうぞ」
思い出したように告げられ、アスはどうしようもなくなってしまい苦笑を返す。
「怒るって分かってるのにやらないさ」
「別に怒ってなどいませんが?」
心外だとばかりに肩を竦めて見せてくるフェイの大袈裟な程の仕種。
その様子に、ふっとアスの中の何かのスイッチが入った。
「いや、あれは怒っていただろ、表情とか完全になくなっていたし?」
「いえいえ、それ程でもありませんよ?寧ろ無表情と言うならアスがそうだったじゃないですか。表情が無さすぎて、人形に話しかけているようなとかの表現レベルではなく、寧ろその方がマシとかかなりアレな状態でした」
暗に人形の方が愛嬌や表情があったと言われてしまい、アスは何となく手を当てる自分の頬へ、そのままむにむにと動かしてしまった。
自覚がなさ過ぎて、寧ろ今の表情すらもどうなっているのか若干不安になったと言う仕種だった。
「私の、表情あるなしは関係がないし、未熟だってさっき伝えただろ」
やや勢いに欠けたアスの言い分にもフェイはやはり容赦がないのだ。
先程、アスの何等かのスイッチが入ったように、フェイの方は、少し前から歯止めが中途半端に外れてしまっている状態だった。
「未熟なら未熟らしく、分かりやすく怒るか泣けばいいんですよ、それを強引にどうこうしようとするのが気狂いなんです」
宣言するようにフェイが告げる。
その時、またも空気と化し、傍観へと徹していたルキフェルが何やら一つ頷いた。
「わりと普通なんだな」
「は?」
「え?」
普通過ぎる口調と声音が普通と告げ、アスとフェイは疑問を呈する一音を同時に発すると、揃ってルキフェルを見た。
「ん?ああ、すなない。私のことは気にしないでそのまま続けて貰って大丈夫だ。少し気を抜いて声を出してしまったが、今度はちゃんと気配も消しておくから」
そんな事をルキフェルが至極真面目に言って、そうして言葉通り、気配が薄れて行く。
それはアスやフェイが見ている最中の事で、見ていて、確かルキフェルはそこにいるのに、本当にいるのかと疑ってしまう程の変化となっていた。
一度意識から外してしまったら、そのまま先程までのようにまったく気に止める事もなくなってしまうと、そう思わせる程の存在の希薄さは、そこにあるのに気にされる事のない、まさしく“空気”だった。
「こう言うのはちゃんとやりきった方がいいっていっていたからな」
いると分かっているから、聞き取る事の出来たルキフェルの言葉。
続きをと促して貰ったが、この状態の感情の発露が途切れて弛緩しかけた空気の中、何をどう続けろと言うのだろうか。
アスは窺うようにフェイを見て、同じように自分を見ているフェイの何とも言い難いと言った表情と眼差しに気付き、アスとフェイは互いの心情の一致をどちらともなく察してしまっていた。
そうして、どちらともが示し合わせた訳でもないのに、同時に席へと座り直した。
何時の間にか立ち上がっていたのにも、驚きと気まずさと気恥ずかしさがあったが、そこは完全に気にしてはいけない部分だ。
「あ、れ・・・?」
キョトンとしたルキフェルの反応にアスは知らないふりを貫こうとして、けれどフェイはそんなルキフェルへと向けて口を開いた。
「聞くべきではないと、本当にそう思っているのですが、何となくです」
「はい?」
何の前置きなのか、勿体ぶった言い回しのフェイへとルキフェルは首を傾げ、アスは横目でそのやり取りを眺め見た。
「先程、貴方が言った“こう言うの”とはどう言うものでしょう」
そんなフェイの問い掛けに、アスは一度置いてからもう一度手にしようとしていたグラスを取り落としかけ、そんな自身の失態すら気にならない程の驚愕の面持ちでフェイを見てしまった。
フェイが妙な前置きをした段階で、フェイが聞くべきではないと感じていた筈の予感をアスもまた共有していて、本当に何となく気にはなったのかもしれないが、けれど、だからこそそんなにはっきりと聞くとは思っていなかったのだ。
「こう言う?え、喧嘩だと、していましたよね?二人で」
「~っ!!」
ほらやっぱりと聞いていたアスは両手で自身の顔を覆い、フェイはフェイで、聞いた答えによるダメージの直撃を受けて、近年稀に見る大怪我となったのか声にならない悲鳴と共に硬直していた。
そして、そんなフェイの表情は先程の怒り云々以上の無と化していた。
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