月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】

9 涙

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「一度、常盤ときわの住居まで戻ろうと思う」

 朝食の場でアスは告げる。
 宿泊施設の中にあった食堂のような場所での事だった。
 長方形の六人から八人がけのテーブルが四つ。大食堂と言うには程遠くも、それなりにまとまった人数が一緒に食事を取れるようになっているようだが、今現在この場所を使っているのは、アスとフェイ、そしてルキフェルの三人だけだった。
 他に人がいないのだから当たり前だが、それにしては、荒れていないどころか何処を見ても、埃すらも殆ど積もってはおらず不思議だった。

「彼はどうしますか?」
「ん?」

 フェイの作った香草サラダをもっしゃもっしゃと頬張りながら顔を上げるルキフェルが兎みたいだと感想を抱きながら、アスもまたフェイと同じようにルキフェルを見ていた。

「不都合があるならここにとどまるが、」

 二人の視線を受けながらもサラダを飲み込むと、ルキフェルはそう口を開き、そして途切れさせる言葉にアスを見た。
 アスの意思に従うと言う意味合いか、見送った場合戻ってこない可能性があるのではと言う不安か、ルキフェルは合わせた視線に、アスの次の言葉を待つようだった。

「ルキ、私は魔女だ」
「・・・・・・」

 突然のアスの告白にルキは一瞬目を見張り、そして無言のまま首を傾げた。

「災いを呼ぶ者。澱みから生まれる魔物の操り手であり、混沌を招き魔物の王を望む者。そんな感じで伝えられている存在ですね」

 捕捉するようなフェイの説明を聞いてか、置くフォークにルキフェルはアスを見たまま、そうして一つ頷いて見せた。

 因みに、この時点で三人ともが食事を終えたのだが、本日の朝食メニューは前日の狩りでアスとルキフェルが狩って来た猪豚ボア系統の魔獣の肉を入れた香草スープと、葉物野菜のサラダ。そして、フェイが仕込んでいた穀物を挽いた粉と水、塩を混ぜた生地を広げて焼いたフラットブレッドだった。

「了解した」

 告げるルキフェルはアスを見たまま、そしてその先に続く言葉はなかった。

「・・・自分で言っておいてアレだが、何かないのか他に?」
「うん?」

 尋ねるが、何かあっただろうかとその表情こそが言っていて、アスはどうしたものかとフェイにを見てしまった。
 そして、見られたフェイは、私に振るのですかと言わんばかりに目を瞬かせ、それから首を横に振ると言う仕種で拒否を返して来た。

「取り敢えず、私といるとルキフェルは言うが、魔女である私は世界の敵と言う位置付けの存在だって事だ」
「そうなのか?」

 アスはもう一度フェイへと視線を送るが、フェイはそちらで話しを付けて下さいと言うように目を合わせてもくれなかった。
 アスはあまり会話が得意ではなかった。
 だからこそ今のようにフェイを頼ろうとするのだが、どうやら今回は自分で何とかしなければいけないらしいと、諦めて口を開いた。

「事実、魔物を操る事は不可能ではないし、人にとっては災いを呼んでいると言うのも間違いではない行動をしている事もある。だから世界の敵と言う表現もあながち間違いではないんだ」
「それは、なんのために?」
「不可能ではないと言うだけで、早々にその方法を取る事はないよ。魔物の討伐は本来なら人の手に委ねられるべき行動であって、魔女が関わるのは、人の手に負えなくなり始めた時だからだ」
「人の手に負えなく?魔女とはそもそも何だ?」

 何を思ったのか、そう問うルキフェルの眉間には僅かに皺が寄っていた。

「魔女が何か、か。一番基本的なところ何だが、いざ聞かれると難しいな」
「自分の事なのに難しいのか?」
「私の認識では調律する者であって、願い持つ者・・・いや、はぐらかす訳ではないんだが、見て判断してくれとそう言うしかないな」
「調律と願い?・・・調律は分からないが、願いなど誰もが持つものじゃないか」

 釈然としないと言うように何事かを考える風のルキフェルへとフェイは密かな溜め息を一つ。そうして、助け船と言う訳でもないのかもしれないが、口を開いた。

「魔女が何なのかは、たぶんなった者にしか分かりませんよ。ですから、単純に世界的に悪いものとされている魔法使いで良いのではないですか?」
「魔女はなるもので、悪い魔法使い。アスは何か駄目な事をしているのか?」
「ん、すべき事なら躊躇わない」

 質問とは少し角度が異なる返しだったかと、言ってから思ったが、ルキフェルにはそれで十分だったらしい。
 一つ頷く仕種、そうしてルキフェルは真っ直ぐにアスを見詰めると、決然とした面持ちを見せた。

「駄目だって判断したなら、私がアスを止める」
「・・・・・・」

 何を思って、どう言う理解をしてそれを告げるのか、ルキフェルの真剣な表情と言葉にアスは見返すままに言葉を失っていた。

「アスを世界の敵になんてさせないから、大丈夫」
「・・・・・・」

 続けられる言葉に、やはりアスはルキフェルを表情なく見詰めたまま何を言う事も出来なくて、そんなアスの様子に何を思うのか、ルキフェルは、少し焦ったように言葉を続けて行く。

「願い持つものが魔女で、魔女がなるものだと言うのなら、魔女であることはアスにとって必要なことなのだろう?なら、私はアスを世界の敵にしないことでアスを守るから、だから大丈夫」

 大丈夫だから安心してと言うように、ルキフェルはアスへとぎこちなくも笑いかける。
 穏やかで、どんなものからも守り抜くと言う決意のもとに安堵を伝える、そんな笑顔に、アスはやはり何かを言う事はなくて、けれど何も感じていない訳ではなかった。
 失った表情の中で、冴えた光を湛えるアスの凪いだ瞳。硬質的で深沈とした眼差しに、けれど、その瞳は今、揺れる水面を映しているかのように色合いを複雑に揺らしていた。
 そうして、目尻から一筋の光が溢れ落ちる。
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