月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】

8 ちょこっと世界情勢

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「入れないのか?街」

 いまいち意味が分からなくて、アスは瞬かせる目にフェイを見た。

「二百年ですから、色々と変わっていると思いますよ?特にここから一番近い街ですと、西方域オッキデンスの首国になりそうですし」
「国の名前は覚えていないが、小さい国が幾つか纏まって魔物に対しての連合って形を取っていた気がする。基本魔女に対しては不可侵だったと思うが、どんな感じなんだ?」
「そうですね、首国ユバとウングィス、パラシトゥスは連合と言う形を保っていますし、基本の方針は二百年前から変わっていないと思います」
「ああ、獅子の盟約だったか、主だった国は残ったんだな」

 だんだん思い出して来た。大陸の西はここ朔の森を出ると、荒野の中に平野地が疎らに存在し、少ない水源や農耕地をめぐって小国が興っては滅びるを繰り返していた。
 興っては滅びる。そのせいで魔物に対する防備すらも満足に備えられず、災禍の顕主どころか強力な魔物が出るだけで多大な被害を出し、結果国そのものの存亡を危うくして行く。
 その為に何代か前の勇者によって結ばれたのが獅子の盟約だった。
 魔物と言う共通の脅威のもとに最低限の協力関係を築く、ようは強い魔物が現れたら、どこの国でも見返りを求めず一致団結して立ち向かいましょうと言う内容の協定を勇者主導で結ばせたのだ。

「ん?鬣、爪、牙・・・尾と目はどうした?」

 獅子の盟約は、それぞれの国を獅子の身体の部位に見立てて結ばれていた筈で、アスの記憶ではフェイが名前を上げた以外にあと二国によって成っていた筈だった。

「鬣のユバ、爪のウングィス、牙のパラシトゥスによる連合。尾のカウダと目のオクルスは今は統合され、名前も変わって主教国の一都市になっています」
「ああ、教国の傘下に入ったのか、ふーん」

 あまり興味もなかったので、アスの反応としてはその程度だった。

「教国は恐らくですが、完全に魔女の排斥に乗り出しています」
「・・・は?」

 アスは完全に寝耳に水といった反応をしてしまっていた。
 教国とは大陸の中央部に位置する、創造神セイファートを崇める大神殿から成る宗教国家の事だった。
 法王を国主に頂き、神の意思として国を纏めている筈で、魔物の存在を人類がより高みへ至る為の試練と課す教義を持っている。
 そしてその権威は、聖女の教育と、その聖女による勇者の選定により、二百年どころかもっとずっと古い時代から大陸でも確固たる立場を築いていた。

「そう言うことですから、しばらくは私も同行して差し上げますよ」

 竦めて見せる肩にフェイはおどけて見せてくれるが、アスはそれどころではなかった。
 教国と魔女の排斥と言う言葉がどうしても結びつかなかったのだ。

「“水”の司はいたが・・・聖女は、無事なのか?」

 強張って、抜け落ちてしまった表情でアスは問う。
 なのに、フェイは微笑みを浮かべたまま、あっさりと答えを寄越して来た。

「本物のは恐らく、二百年前のガウリィルが最後です」

 と、
 その答えに、アスは一度目を閉じ、密かに息を呑んだ。

「・・・だから、“何をしたのか”なのか」

 呻くように呟くのは、アスが始めてフェイにぶつけられた問い掛けの言葉だった。
 それがここに来て、幾つもの問い掛けを重ねたものだったのだと改めて気付かされた。

 魔女アスと旅をした勇者。そんな勇者異端を選定した聖女。そして、その後に続く聖女は本来の役目を担う聖女ではないらしい。

「少なくとも、今聖女と言われているアレは違います」
「勇者もか?」
「今代を名乗るアレは迷夢めいむの魔女を殺しました」
「・・・・・・」

 今度こそアスは完全に言葉を失っていた。
 勇者による魔女殺し。勇者は民意の具現であり、魔女は魔物を操るものとして、世界の敵とされ討伐の対象とされる事が度々あった。
 けれど、本当に魔女殺しが為された事は殆どない筈なのだ。それは真実を知る教会にとっての不都合があり、勇者も勇者となった時の本能とも言うべき場所で理解しているからだ。
 魔女を殺してはいけないのだと。

「伝承を失った教会と、聖女の存在。魔女を殺してはいけないと理解していない者が担う、魔女をも殺し得る力か、聞くだけで前途多難だな」

 呟き、そこでアスは気付いた。
 教会の扉へと置いたままの手。当然その扉が開かれた様子はなく、なのにアスは今現在一人になっていたのだ。
 ルキフェルが引き上げた後もこうして話し込んでしまい、空の月はだいぶ傾きかけていた。
 その月の下から、何時の間にかフェイの姿は消えてしまっていて、恐らくは扉を使宿泊部屋へと戻ったのだと思われる。
 そして、そこでもう一つアスは思い至った。

「聞かせて貰えなかったな、また」

 やはり、はぐらかされてしまったフェイの望みへと思いを馳せながらも呟き、そうしてそろそろ自分も宿泊している部屋へと引き上げるかと、今度こそ教会の扉を開き、アスは中へと入り込んでいった。
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