月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】

6 謝罪と願い3

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「フェイさん・・・」
「これがアスなんです」

 告げる言葉へとフェイは頷いて見せ、そうまでしたその言葉にはどんな意味が込められていたのだろうか。
 アスには分からなくても、ルキフェルには通じる何かがあったらしく、フェイへと力なくも頷く様子をアスは見ていた。

「記憶はないけれど、これ、絶対に前の自分?も苦労しているような気がする」
「大丈夫ですよ」
「・・・本当に?」

 項垂れるルキフェルへと、大丈夫だと朗らかに笑うフェイ。
 訝しげに、疑わしげに、ルキフェルは上目遣いでフェイを見た。

「ええ、以前の貴方は名前すら呼んで貰えていなかったようですから」
「っ!?」

 唖然とするルキフェルの目の前で、フェイはアスへと向ける視線に確認を促していた。

「うん?よく話しの流れが分からないのだが、何て呼んでいただったか?普通に勇者って呼んでいたが?」
「なんで!!?」

 それがどうかしたのかと言わんばかりのアスの反応へと、思わずルキフェルが声を荒げる。
 その様子を不思議そうに眺め、アスは自分にとっての事実を伝えるのだ。

「何でって、言われてもだな、私も最初は勇者殿って呼んでいたんだ。そうしたら呼び捨てにして欲しいって、そう言われて、言ったのはルキだぞ?」

 その言葉に今度こそ完全にルキフェルは絶句し、出てこない言葉へと無意味に口を開閉させながら、アスを見ていた。

「そう言う反応になりますよね、分かります」

 囁くようなフェイの声は深い同意を示し、労りにて満ちていて、その言葉に何故か救われたように思ってしまったルキフェルは、そう言う反応とはどう言う反応なのだと、自分自身の現状を思いながらも、結局はがっくりと項垂れてしまっていた。

「さて、と言いますか、もう夜もだいぶ遅い時間です。予定については明日にしていい加減に寝て下さい」
「ああ」
「・・・はい」

 衝撃が抜けきらないルキフェルは力なくも教会の中へと入っていき、釈然としないままのアスもまたその足を扉の方へと向けて踏み出していた。
 その間にフェイは教会の扉横の灯りを弱め、暗闇を見通す事は出来ないままでも、暗い森の中でもここに人がいると分かる程度に調整をしていた。

「アス」

 調整を終えて、未だにその場へと留まっていたアスの存在には気付いていたのだろう、フェイは声をかけて来る。

「ん、いや約束しては貰えなかったなと思ってな」
「ちゃんと条件を付けていたのですね」
「条件って程のものじゃないがな」

 何時からフェイはアスとルキフェルの会話を聞いていたのか、気が付いた時には話しに加わっていて、けれど、アスが約束を持ち出した時の事は把握していないらしい。

「貴方は彼をどうしたいのですか?」
「どう、か」

 不意にフェイはそんな問いを口にした。
 色々と会話をして、色んな表情を見せて、だからフェイのその問いはそれらの延長線上にあった。
 何気無い口調と何処か悪戯っぽくも窺うような眼差しに、けれど、結局はそれが聞きたかったのではないだろうかとアスは思う。

「傷付けられたのなら傷を付け返したい。寧ろ、叩き潰して二度と自分の前に現れないように仕向けたい、とか」
「過激だな」

 瞬かせる双眸にアスは一つ頷いて見せる。

「では赦したいのですか?」
「潰すか赦すか、極端だな」

 赦すと口にした瞬間に、どのような想いにか、すうっと細められるフェイの双眸を見ていて、アスは苦笑していた。
 そうして、そんな反応を見ながらアスは続けて口を開くのだ

「フェイが言っていたと思うぞ?」
「私、ですか?」

 何の事か思い至る事が出来ないのか、フェイは細めていた双眸をそのままに、口もとへと指を宛て考えているようだった。

「そんな考え込む程の事じゃないさ。先送りに出来るなら、そうするだけって話しで、だから赦すも赦さないも今は関係がないんだ」
「今がその突き当たりと言う事はないのですか?」
「突き当たったなら次は右か左か、袋小路までは頑張所存だな」

 逃げ続けた先の行き止まりをフェイは指摘するが、アスは少しだけキリッとして見せる表情で屁理屈のような事を宣ってみた。
 それを見たフェイの呆れたような表情に、ふっと笑い、アスは言葉を続ける。

「たぶんだが、私にとっての最善は、今すぐにこの場から立ち去って、ルキとは二度と会わない事だと思う」
「正解かどうかは置いておくとして、最善と言いながらもその選択をしない理由は何でしょう?」
「他の魔女の関与」

 端的に、けれど、私とフェイにとってはそれ以上ない程の明確な理由を即答する。

「他の・・・最低でも“時”は関わっているのでしょうが、貴方の選択を遮るような相手でしょうか?」
「どこまでを、どれだけの輩が咬んで絡んでしてくれているのか分からないが。最初に近しき古き有り様を持つ四人、その紋章クレストがこれ見よがしに刻まれていたからな、面倒事は間違いがないな」

 それはルキフェルの棺があったあの空間の入り口の話しだった。

 竜とこうじを頂く“時”
 白麒麟さくめい黒麒麟ろくたんと征く“空”
 大樹と泉を標す“樹”
 霊亀が抱く“地”

 騙る事等許されない、それぞれの魔女を冠する四つの紋章クレスト
 ならば、確実にこの四人は関わっているのだろう。
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