月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】

5 謝罪と願い2

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「本当はこんな何も思い出せていない状態の謝罪に意味なんてないって分かってる。不誠実だって自分でもそう思うから」
「そうか・・・」
「うん、どれだけ・・・っ、どれだけ貴方を思い出そうとしても分からない。だから、こんな状態の謝罪は貴方をアスを傷付ける、怒らせて罵られるならまだマシで、きっと悲しませてしまう」
「私は、そんなに脆くはないよ」

 苦笑するように、それでもアスは告げた。
 告げて、けれどルキフェルは横へと振る首の動きで、アスのその言葉を否定していた。

「貴方だと、思った。アスへと謝るその為に僕は、ここにいるんだって・・・僕は、何か、アスにとても酷いことをしている。でも、何をしたのか、どうしても思い出せない。いた筈の誰かが分からないのと同じで、分からないままで、でも、きっと、貴方なんだ・・・っ、分からないままな自分は、物凄く最悪だって分かってる」
「私には、分からない」

 ぽつりと、呟くように告げる。それだけで、アスはルキフェルの苦悩を、悔恨と激情とともに凍てつかせた。

「分からないんだ」

 分からないと繰り返し、アスはルキフェルを感情に欠けた凪いだ眼差しで見詰めていた。

「・・・っ、ちゃんと、謝るから。だから、それまで・・・っ」

 くしゃりと歪められたその表情は苦しげで、縋るように、ごめんなさいと、ただルキフェルは繰り返し、そして堪えられなくなったかのようにアスの方へと踏み出し、歩みへと距離を詰めて行った。

「お願いだから、ーーーそばにいさせて」

 泣きそうな程に歪めた顔。それでも、泣くのは卑怯だと、ルキフェルは奥歯を噛み締めるようにして堪えているようだった。
 見返した静かな眼差しに、アスはそんなルキフェルをただ見ていた。受け止めているのか、受け流しているのか、そんなルキフェルの思いに、そうして徐に口を開く。

「より多くを救う為に、誰かを切り捨てる選択しかなかった」
「・・・え?」

 唐突なアスの言葉に脈絡はなく、ルキフェルは僅かに目を見開いて硬直した。

「どれだけ足掻こうと、絶対に届かない手があって・・・、そんな選択や結果からようやく解放されたのに、私と行くと言う事は選び続けると言う事なんだ」
「うん」

 完全に繋がりがない訳ではないのだと朧気に理解したのか、ルキフェルは曖昧なままにも一つ頷いてみせた。

「選ぶと言う事は、選ばなかったものを切り捨てると言う事だと、お前は知っている」
「それは、でも」
「自分の事だけを、今度は考えていれば良いのにな」
「アス・・・、アスティエラ!」

 淡く笑うアスに何を感じたのか、ルキフェルは呼ぶ名前へと声を荒げた。
 けれど、そんなルキフェルの様子を気にする事はなく、アスはただ言うべき言葉を続けて行く。

「お前が選ぶその中に、私の存在を入れる事がないように、それを約束出来るのなら、考えよう」
「・・・え?」

 呆けたようにルキフェルは、一音だけの声を溢し、半開きのままの口に目を瞬かせていた。
 見詰める、アスティエラの静かな微笑みに、そうして瞳へと広がるのは理解の光か。

「アス、・・・っ、ありがとう」

 そこに溢れるのはどのような感情だったのだろうか。詰まらせる言葉にルキフェルは、それでもどうにかと言う様に感謝を伝えていた。

「・・・まだ考えるって言っただけだけどな」

 上げて落とすアレかと、一転して愕然とルキフェルはアスを見た。

「・・・っ、ふふ、ははっ」

 そんなルキフェルの反応の全てが可笑しかったのか、身体を震わせるようにして、そうして堪えきれなくなったかのようにアスは笑い出した。
 それは、目を覚ましたルキフェルが始めて見るアスの他の感情の混じる事のない純粋な笑顔であり、ルキフェルは、困惑するのも忘れて、笑うアスへと魅入られていた。

 アスの表情なく佇む姿は、美しくも近寄り難く、侵し難いものがあり、けれど、一度その笑みを見て、笑い声を聞けば、そこに血が巡り温もりを感じさせる。
 可愛いと、そして愛しいとそんな感情を抱いてしまった自分をルキフェルは自覚してしまっていた。
 震える両手が顔を覆う。けれど何時かのフェイと同じく、その耳までをも隠す事は難しく、外の暗がりでも分かる程にかかる黒髪の下で、赤く色付いた耳がその存在を主張していた。

「ルキ?」

 そんなルキフェルの様子の意味が分からず、怪訝に思ったのか、呼ぶ名前へとアスは首を傾げた。
 僅かに開いた指と指の間から見ていたその反応に、今度こそびくりと震えるルキフェルの身体。
 呼応するようにアスもビクッとなり、目を瞬かせる。

「・・・なんなんだコレ、名前を呼ばれただけなのにこの破壊力。ナニコレ、ホントどうしたらイイの?むしろ、どうしたいの?ねえ?」

 顔を押さえ込んでいるままの両手に加えて、誰に向けるでもない独白口調が加わり、その言葉は不明瞭でアスには上手く聞き取る事が出来てはいなかった。
 けれど、そんな言葉ですらちゃん聞き取り、それまでの会話を全く聞いていなかったのにも関わらず、色々と察してしまえる人間がここにはいた。
 ぽんと、まるで労るかのよう、ルキフェルの肩へと置かれた手。弾かれたように顔は上げられ、けれどその手を置いた相手を認識するやいなや、ルキフェルの表情は泣き笑いからの困った表情のようなものへと変化していったのだ。
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