月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】

3 要望と反応

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「空っぽな、まぁ、使命だ何だと縛られて、色々と背負わされた旅は終わったんだ。好きに生きたら良い」
「なら、私は貴方と一緒に行きたい。考えては貰えないだろうか?」
「・・・・・・」

 背後から突然かけられた声と、ここ数日程アスを悩ませている内容の言葉。
 何時の間にか、素振りを終えたらしいルキフェルが逆光の中に佇んでいた。
 気付いていなかった気配の接近にもそうだが、告げられたその内容に、アスの顔には苦笑が浮かんでしまう。

「そう言えばこの要望がありましたから、空っぽとは違うのでしたね」

 嘆息とともにフェイが呟く。
 それからふと目を瞬かせて、アスを見て、アスを見るルキフェルを見て、アスを見るルキフェルの視線を辿るようにしてもう一度アスを見ると、何を納得したのか一つ頷いていた。
 嫌な予感がした。言われたくないであろう事を言われようとしていると言う、そんな予感。

「アスの言った事だから素直に従っていた。アスの言う事なら素直に聞いてくれる感じになっているのですね」
「・・・違う」

 否定までに間が空いてしまったのは、予想外の事を言われたが為ではなく、なんとなくだが、アス自身もそんな気がしていたが為だった。
 それでも結局のところ、違うと否定を告げたのは、やはりこのところのこのやり取りが始めてではない為だろう。

「私は、お前と一緒にはいかない。何度も言っていると思うがな」

 苦笑の理由と否定の訳がこれだった。
 この一ヶ月、ルキフェルは何故かアスと一緒に行きたいと望み、その望みを言葉にして来た。そして、その都度、答えるアスの言葉も変わる事がなかったのだ。

「どこが、従順なんだ?」

 な?と確認するようにアスがフェイを窺うと、苦笑に肩を竦めると言う反応が返されて来た。

「足手まといにはならない、と思う。勇者の旅に同行していたんだ、戦える筈だ」

 おや?と少しばかり感じた驚きを、アスは曖昧な笑みの中へと隠した。
 今までは、ルキフェルはアスがいかないと答えればそれで引き下がっていたのだ。

「感覚は戻って来ている。記憶は、分からない、けれど」

 逆光の中にいて、いまいち見えにくいが、ルキフェルは悔しげで、何処か苦しげでもある表情をしているような気がした。

「そう言えば災禍、いえ、魔王との戦いの記憶はあるんですよね?」
「ああ、リィルとクルス、リコ、それからもう一人。北の大陸を旅して、挑んだ・・・二百年経っているっていうのは信じられないがな」

 ルキフェルの様子を気にも止めないフェイが、これも何度目かの質問として重ねて来た。 

「では、貴方は“勇者様”で間違いないのですね?」
「・・・分からない」
「どうして?」
「勇者パーティーとして旅をした。これは本当だ」
「聖女様から勇者としての選定を受けられたのでしょう?」
「聖女、リィル・・・選定の儀で、祝福を受けて、この剣を授けられた」

 聖女による祝福と、聖剣の授受。紛れもない勇者の証明だった。
 ならば何故言葉を濁らせるのか、それが、ルキフェルの次の行動により明らかにされる。
 
 体の正面で、ルキフェルにより地面と水平になるように持ち直された黒鞘の長剣。
 先程まで素振りに使われていた長剣の、その鞘と長剣の柄には、勇者の意匠である降り注ぐ光芒と、翼の生えた獅子の装飾があり、それこそが勇者の身もとを本来なら証明していた。
 けれど、握る柄にルキフェルが力を込める。その動きに反して鞘から刃が引き抜かれて来る事はなかったのだ。

「私の剣なんだ。持つとそう思うのに、何故か抜けない」
「それは勇者の為の剣ですから、勇者でなければ抜けませんよ」
「ああ」

 分かっていると言う様にルキフェルは頷き、剣を持つ手を下ろした。

「勇者ではない。なのにこの剣を自分のものだと感じている。なんなのだろうな、私は」
「勇者でいたいのか?」

 不意にアスは尋ねていた。
 その質問に、ルキフェルは一度驚いたように目を見張り、それから左手の人差し指の背を口の下辺りに当てるようにして、何かを考え出した。

「・・・使い勝手のいい武器。錆びないし、切れ味も鈍らないし、手に馴染んでいて、重さも丁度いい」
「錆びないし、切れ味が鈍らないのは便利だな。殆ど手がかからない」

 ルキフェルと目が合い、何故かどちらともなく頷き合ってしまった。
 それを見ていたフェイの呆れたような眼差しには見ないふりだ。

「剣は惜しいが、勇者であるとかはどうでもいいな」

 結論は出ていたのか、考えるまでもない事だったのか、あっさりとルキフェルは告げて来た。

「そうですか」
「誰かの為に戦う事も、守りたいって思う事も、勇者って立場は関係がないからな」

 何気無く続いた言葉は、何気無いだけに嘘も偽りもなく虚飾からも遠く、真にそう思っている事を窺わせ、だからこそアスは表情を消し、フェイは苦笑してしまうのだった。
 普通なら感動か、感心か、とにかく悪い印象を持たれる事などないであろうルキフェルの言葉に、けれどアスとフェイの反応はこうなってしまうのだ。

「自分がそうしたいからってところは、同じなのかもしれないがな」
「洗脳を疑いますけどね、私は」

 そんなアスとフェイの言葉。そうして、今日も話しがつかないまま日が暮れていくのだった。


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