上 下
60 / 213
【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】

2 “彼”

しおりを挟む

「そろそろ戻る事を考えているんだが、どう思う?」
「良いのではないのでしょうか、と言いたいところですが、どうしましょうね?」

 今日も木陰で本を読んでいたフェイを見下ろしながらアスが話しかければ、フェイもまたアスが何を気にしているか分かっている為に、顔を上げながらも疑問を疑問で返して来た。

「さすがに常盤ときわの領域に連れていけないとここで、一月粘った訳だが、どうしたものかな」

 顔を上げはしたが、フェイの視線はアスの存在を通過してその背後へと向けられ、アスもまたフェイが見ているものを確認するまでもないと思いながらも、そちらへと目を向けていった。

「はっ、はっ」

 鋭くも気合いの篭った短い呼気とともに、手にしている長剣を鞘のまま振り下ろす。ひたすらに繰り返されるその動きは、単調な筈なのに見る者の目を惹き付けるものがあった。

 無心で素振りを続ける青年の名前はルキフェル。嘗て勇者と呼ばれた存在の、どうしようもない程の本人だった。
 ルキフェルの一挙一動は、纏うその空気までもが洗練されていて、 無駄の一切を省かれた動きをアスは思う。
 無理な力みも、余計な気負いもなく、怖い程の気迫を放ちながらも、仕種の一つ一つに境等ないかのように、流れるような動きを描き続けている。

「剣の軌跡に色を残せたなら、僅かのズレも見せるせる異なく、同じ線を引き続けるのだろうな」
「二時間ずっとあの調子のようですが?」
「適当に切り上げれば良いと言ったんだが、明確に時間を指定するべきだったと要反省だな」
「真面目と言うよりも、どうにも・・・、なんでしょうね?」

 何かを言いかけてフェイは首を傾げ、そして腑に落ちないと言う様に目を眇る。

「カイはまだ戻っていないらしいが、何時までもここにいるのは違う気がする」
「そうですね、あの方の事がなければ幾つか手も打てるのですが、やはり、放り出しますか?」

 さりげなくも、本心とおぼしき言葉を告げ、フェイはルキフェルを見続けていた。

 アスとフェイは目を覚ましたルキフェルと共に、未だ時忘れの教会に留まっていて、今は教会の裏手に併設された宿泊施設の、中庭にあたる場所にいた。
 フェイが近頃のお気に入りとしている葉を繁らせた大木が一本と僅かばかりの菜園。
 菜園は満足な手入れはやはりされていなかったのだろう、枯れて荒れ果てている訳ではないが、好き勝手の延び放題となった茎や弦。そうして付けられるだけ付けて、その分、色艶を失い小型になってしまった実が成り、半ば野生へと返りかけているような光景が最初は広がっていたのだ。

 それが今ではそれなりに整った、菜園としての姿を取り戻しているのは、この一ヶ月のアスとフェイの暇潰しの結果だった。
 ルキフェルの処遇をどうするべきか、それが、この一ヶ月程の、アスとフェイの悩みの大本だだったのだが、結局のところ答えは出せず、そのやり場の見付けられない、モヤっとしたものを生活環境の向上へと注ぎに注いでいたのだ。

「余暇を満喫するのも嫌いじゃないし、寧ろ、何もしないなんて望むところの筈なのにな」
「あの方がいる限り無理ですね。やはり速急に森外れに捨てに行きましょう?」

 完全な厄介者判定を出され、捨てる話しすらも出されているルキフェルは、何も知らないまま今なお素振りを続けていた。

「いっそ、カイの事は一端置いておいて、先に何処かの街へ行ってギルドにでも放り込むか?」
「身分証さえ形ばかりでも用意してあげれば、後は自分でどうにかしますよね?仮にも二年旅を続けて、三、四年は放浪していた筈ですし」

 一応の処遇を私は提案する。
 フェイと異なり、アスは一応だが起こした責任を考えてはいたのだ。
 良い感じに眠り続けていた相手を、アスは自分の意図ではなかったとは言え起こしてしまった。
 それも、もともとの時間から二百年以上経っているともなれば、身もとの保証も出来ない。それは下手をすれば、街や村にすらいれてもらえない状態であり、さすがにこの状態で放置は無責任が過ぎるかと、アスはフェイの提案を受け入れなかったのだ。

 そしてフェイは何だかんだと言っていても、アスが何かを言えば、その提案を検討してくれる。
 だからこそ、アスはその為の行動も既に起こしていた。即ち、手っ取り早くルキフェルに身分証に値するものを取得させようと、冒険者としての技術を教えていたのだ。

「勇者だけあって戦う事はそれなりですが、それ以外があれでは、早晩食い潰されそうですからね」

 フェイの言葉にアスは眉間へと皺を寄せ、自然と渋い表情になってしまっていた。

 勇者はひたすらに素直だった。けれど、それは無垢な素直さであり、言ってしまえば無知から来る従順さですらあったのだ。
 その事に気付き、アスはどうするべきかと考えあぐねていたのだ。

「たぶん対価、それから代償だろうな。誰に何を支払ったんだか」
「昔は違ったのですよね?」
「誰かの為は、行動の根幹にあったように思うが、自己と自意識はちゃんとしてたな」

 成る程とフェイは呟き、先程、真面目と表しかけて自身が首を傾げた理由に行き当たったのだと分かった。

「欲求の一つでもあれば、もう少し・・・空っぽなんですね“彼”」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

バツイチ夫が最近少し怪しい

家紋武範
恋愛
 バツイチで慰謝料を払って離婚された男と結婚した主人公。  しかしその夫の行動が怪しく感じ、友人に相談すると『浮気した人は再度浮気する』という話。  そう言われると何もかもが怪しく感じる。  主人公は夫を調べることにした。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

王子様と朝チュンしたら……

梅丸
恋愛
大変! 目が覚めたら隣に見知らぬ男性が! え? でも良く見たら何やらこの国の第三王子に似ている気がするのだが。そう言えば、昨日同僚のメリッサと酒盛り……ではなくて少々のお酒を嗜みながらお話をしていたことを思い出した。でも、途中から記憶がない。実は私はこの世界に転生してきた子爵令嬢である。そして、前世でも同じ間違いを起こしていたのだ。その時にも最初で最後の彼氏と付き合った切っ掛けは朝チュンだったのだ。しかも泥酔しての。学習しない私はそれをまた繰り返してしまったようだ。どうしましょう……この世界では処女信仰が厚いというのに!

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...