月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

文字の大きさ
上 下
58 / 214
【第一晶 ~新たなる旅立ち~】

間奏 銀礫の魔女を綴るもの

しおりを挟む

 教会での予期せぬ、けれど、確実に仕組まれていたのであろう再会を見守った日から既に何日か過ぎ、私こと翠翼すいよくの魔女フェイが、あの人と出会って一月程が経過しようとしています。

 あの人とは誰の事か、言わずもがな銀礫ぎんれきの魔女である“彼女”、呼ぶ為の名前を許して頂いた訳ですからここからは、アスティエラ、いえアスと呼ばせて頂きましょう。
 そう、私フェイが、アスと出会って、成り行きと言うよりも必然に近い道行きで行動を共にして既に一ヶ月なのです。

「フェイ、アレを連れて今日は西の海が見える辺りまで行って来る」

 噂をすれば何とやら、と言う事でしょうか、声には出していませんが、色々と考えていたところに、その思考の大もとを締めていたアスが、木陰で一冊の本へと目を落としていた私のところまでそう報告に来ました。
 顔を上げれば十五、六歳程度の月の光を思わせる青銀の髪の少女が木漏れ日の中で気負いなく佇むままに、そこにいるのです。
 今から二百年以上前に、何の因果か勇者パーティーへと混ざり、災禍の顕主との戦いに挑んだらしいアスですが、とてもそんな過酷な旅が出来るとは思えない程に、今こうしてそこある姿は華奢だと思います。
 戦う姿を実際に見ているからこそ、その姿が華奢なだけではない、伸びやかなしなやかさを持っている事を知っていますが、未だについ大丈夫かと思ってしまう程なのです。

「やはり、もう少し肉類中心の食事に切り替えましょうかね」
「フェイ?」

 考えていた事を口に出していたようで、怪訝そうに名前を呼ばれてしまいました。

「いえ、西でしたら果実類と、茸を適当に見繕って来て下さい」
「分かった」
「くれぐれも、気をつけて」
「ああ、行って来る」

 ここ数日のやり取りを繰り返し、私は今日もアスを見送ります。
 そして、特に何かを言う事もありませんが、向ける私の視線に気付き、“彼”が合わす視線に目礼をして、返す踵にアスの背中を追いかけて行くのを見ていました。ここまでが最近の流れです。

「・・・・・・」

 完全に見えなくなった二人の姿に、夕飯の準備へと取り掛かるまでの数時間、もう少しだけ私はゆっくりしようと手もとの本へと目を落として行きました。

「堕ちた勇者と、消えた導きの星」

 革貼りの装丁に、銀糸で刺された刺繍により綴られた本のタイトルへと指で触れながら、不意に私は思い出しています。

「星降りの花の中で眠っていましたね」

 あれは、丁度目覚めたその時に立ち会わせて頂いたのでしょう。

 この二百年、もともと住んでいた場所に帰っていないと分かった後は、探りきれなかった場所を出来る限りで探し続けていました。
 探りきれない、思い当たったのは、どこぞの王公貴族の管理区や神殿の地下部分、そして、自分と同等なる存在の領域ぐらいでしょう。
 王公貴族との関わりは考えづらく、魔女と言う立場から神殿に身を寄せているとも思い難い、ならば、自分自身の領域に戻っている事が一番考えられたのですが、どうにか辿り着いたそこに、欠片も気配が残されていなかった事に暫く茫然自失としたのも良い思い出です。本当に。

「・・・“彼”もいたんですよね」

 アスには告げていないのですが、私は一度“彼”の姿を見た事がありました。
 “彼”が表舞台から姿を消した三年後ぐらい、私が魔女としての自身を持ってから一年程でしょうか、勇者である彼、いえ、もうあの時には既に“勇者ルキフェル”の存在はないものとなっていましたし、・・・本当に何があったのでしょうかね。
 とにかくその“彼”は玲瓏の君に挑んで、そして、深手を負いながらも情報を得る事に成功したようで、直ぐにまたどこぞへと行ってしまいました。

「あれが、勇者。さすがに玲瓏の君へと挑む資格あるものでしたね」

 実際の戦いを見た訳でありませんが、その余波だけで、霊峰の魔獣が一時山から姿を消したぐらいでしたし、その混乱をついて私が入り込めたのはそうですが、結局はアスにも逢えずじまいでした。

「二百年・・・眠り続けて、再会して、あの子は今何を思っているのでしょうか」

 星降りの花の花弁を使った水を甘いといったアスを私は思います。
 自分は失敗したのだと、切り捨てられたのだと、表情を消して、感情を殺していたアスの様子。いえ、感情を殺していたと言うよりも、あれは、何も感じていないと装う事で自分を守っていたのでしょう。

「でないと、教会であそこまで取り乱すこともなかったでしょうし、そもそもあの子自身が、と言っていたのですから」

 細める双眸で、降り注ぐ木漏れ日を眺めながら、教会の尖塔にまで逃れ膝を抱えていた姿を思い出します。

「“彼”も、あの様子はどういうことなのでしょうか」

 今日までに分かった事は“彼”の記憶がないと言う事で、けれど、ないといっても全てを失っている訳ではなく、ある特定の部分に関する事柄だけが、綺麗に欠落していると言う現状でしょう。

「代償でしょうか、自分が“勇者”であったと言う事と、あの子の存在。それに、あの子もまた欠けている」

 教会のベッドでアスが去った後の呻くような“彼”の言葉を私は聞いていました。
 そして、アスもまた教会へと発つ前に、あの唯一の存在を持ち出して来た時に、不可解な反応をしていたように思います。
 
「さて、勇者だった“彼”と、その“彼”との約束を失ったあの子。どうなって行くのでしょうかね、この先」

 世界の情勢は間違いなく終わりに向かって加速を続けていて、そんな時に再び出会わされた二人の存在に、ここにいる私、今この時に、自分はどう動いて行くべきかと、そう考え続けていました。



※ ※ ※

一日開けて第二晶に入ります。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。 アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。 だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。 この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。 ※全102話で完結済。 ★『小説家になろう』でも読めます★

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

処理中です...