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【第一晶 ~新たなる旅立ち~】
間奏 銀礫の魔女を綴るもの
しおりを挟む教会での予期せぬ、けれど、確実に仕組まれていたのであろう再会を見守った日から既に何日か過ぎ、私こと翠翼の魔女フェイが、あの人と出会って一月程が経過しようとしています。
あの人とは誰の事か、言わずもがな銀礫の魔女である“彼女”、呼ぶ為の名前を許して頂いた訳ですからここからは、アスティエラ、いえアスと呼ばせて頂きましょう。
そう、私フェイが、アスと出会って、成り行きと言うよりも必然に近い道行きで行動を共にして既に一ヶ月なのです。
「フェイ、アレを連れて今日は西の海が見える辺りまで行って来る」
噂をすれば何とやら、と言う事でしょうか、声には出していませんが、色々と考えていたところに、その思考の大もとを締めていたアスが、木陰で一冊の本へと目を落としていた私のところまでそう報告に来ました。
顔を上げれば十五、六歳程度の月の光を思わせる青銀の髪の少女が木漏れ日の中で気負いなく佇むままに、そこにいるのです。
今から二百年以上前に、何の因果か勇者パーティーへと混ざり、災禍の顕主との戦いに挑んだらしいアスですが、とてもそんな過酷な旅が出来るとは思えない程に、今こうしてそこある姿は華奢だと思います。
戦う姿を実際に見ているからこそ、その姿が華奢なだけではない、伸びやかなしなやかさを持っている事を知っていますが、未だについ大丈夫かと思ってしまう程なのです。
「やはり、もう少し肉類中心の食事に切り替えましょうかね」
「フェイ?」
考えていた事を口に出していたようで、怪訝そうに名前を呼ばれてしまいました。
「いえ、西でしたら果実類と、茸を適当に見繕って来て下さい」
「分かった」
「くれぐれも、気をつけて」
「ああ、行って来る」
ここ数日のやり取りを繰り返し、私は今日もアスを見送ります。
そして、特に何かを言う事もありませんが、向ける私の視線に気付き、“彼”が合わす視線に目礼をして、返す踵にアスの背中を追いかけて行くのを見ていました。ここまでが最近の流れです。
「・・・・・・」
完全に見えなくなった二人の姿に、夕飯の準備へと取り掛かるまでの数時間、もう少しだけ私はゆっくりしようと手もとの本へと目を落として行きました。
「堕ちた勇者と、消えた導きの星」
革貼りの装丁に、銀糸で刺された刺繍により綴られた本のタイトルへと指で触れながら、不意に私は思い出しています。
「星降りの花の中で眠っていましたね」
あれは、丁度目覚めたその時に立ち会わせて頂いたのでしょう。
この二百年、もともと住んでいた場所に帰っていないと分かった後は、探りきれなかった場所を出来る限りで探し続けていました。
探りきれない、思い当たったのは、どこぞの王公貴族の管理区や神殿の地下部分、そして、自分と同等なる存在の領域ぐらいでしょう。
王公貴族との関わりは考えづらく、魔女と言う立場から神殿に身を寄せているとも思い難い、ならば、自分自身の領域に戻っている事が一番考えられたのですが、どうにか辿り着いたそこに、欠片も気配が残されていなかった事に暫く茫然自失としたのも良い思い出です。本当に。
「・・・“彼”もいたんですよね」
アスには告げていないのですが、私は一度“彼”の姿を見た事がありました。
“彼”が表舞台から姿を消した三年後ぐらい、私が魔女としての自身を持ってから一年程でしょうか、勇者である彼、いえ、もうあの時には既に“勇者ルキフェル”の存在はないものとなっていましたし、・・・本当に何があったのでしょうかね。
とにかくその“彼”は玲瓏の君に挑んで、そして、深手を負いながらも情報を得る事に成功したようで、直ぐにまたどこぞへと行ってしまいました。
「あれが、勇者。さすがに玲瓏の君へと挑む資格あるものでしたね」
実際の戦いを見た訳でありませんが、その余波だけで、霊峰の魔獣が一時山から姿を消したぐらいでしたし、その混乱をついて私が入り込めたのはそうですが、結局はアスにも逢えずじまいでした。
「二百年・・・眠り続けて、再会して、あの子は今何を思っているのでしょうか」
星降りの花の花弁を使った水を甘いといったアスを私は思います。
自分は失敗したのだと、切り捨てられたのだと、表情を消して、感情を殺していたアスの様子。いえ、感情を殺していたと言うよりも、あれは、何も感じていないと装う事で自分を守っていたのでしょう。
「でないと、教会であそこまで取り乱すこともなかったでしょうし、そもそもあの子自身が、装う事が出来ていたと言っていたのですから」
細める双眸で、降り注ぐ木漏れ日を眺めながら、教会の尖塔にまで逃れ膝を抱えていた姿を思い出します。
「“彼”も、あの様子はどういうことなのでしょうか」
今日までに分かった事は“彼”の記憶がないと言う事で、けれど、ないといっても全てを失っている訳ではなく、ある特定の部分に関する事柄だけが、綺麗に欠落していると言う現状でしょう。
「代償でしょうか、自分が“勇者”であったと言う事と、あの子の存在。それに、あの子もまた欠けている」
教会のベッドでアスが去った後の呻くような“彼”の言葉を私は聞いていました。
そして、アスもまた教会へと発つ前に、あの唯一の存在を持ち出して来た時に、不可解な反応をしていたように思います。
「さて、勇者だった“彼”と、その“彼”との約束を失ったあの子。どうなって行くのでしょうかね、この先」
世界の情勢は間違いなく終わりに向かって加速を続けていて、そんな時に再び出会わされた二人の存在に、ここにいる私、今この時に、自分はどう動いて行くべきかと、そう考え続けていました。
※ ※ ※
一日開けて第二晶に入ります。
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