月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

文字の大きさ
上 下
56 / 214
【第一晶 ~新たなる旅立ち~】

50 再会?

しおりを挟む

「入りますね」

 ノックの後に返事はなかったが、フェイは一声かけるとそのままドアを開き、部屋の中へと入って行く。
 本日何度目ともしれない覚悟を、なるようにしかならないとの心境のもとに抱えて、私もその後ろへと続いていた。

「どうですか?気分は」

 簡素なベッドの上で上半身を起こし、窓の外を見ていたらしいその人物は、フェイの声で振り返ると、視界へと入れたフェイの姿に緩慢な瞬きをして微かな笑みを浮かべた。

 起きているのは分かっていて、だからこそフェイも一声かけるのみで部屋へと入って行ったと思うのだが、私は浮かべられた“彼”の笑みの表情に違和感を感じていた。
 寝起きで意識がまだはっきりしていないのかと、最初はそう思った。
 ちゃんとフェイを見て浮かべられてはいるが、それは無防備で柔らかな笑みであり、私の知る“彼”は、初対面の相手にそのような表情を見せる事はなかったのだ。

 警戒心を抱かせる事がないどころか、怯えるものに安心感すらも齎す、そんな勇者としての笑みを見て来た。
 それが“彼”の常であり、けれど今、その表情にあるのは、まるで小さな子供のような無垢で無邪気さすらも思わせる笑みであり、それは余程信頼する相手にすらも滅多に向ける事のない、例えば嘗てのパーティーメンバーしかいない時、そんな時の表情に酷似しているような気がした。

「フェイさん、でしたか。眠る前の意識は結構曖昧なのですが、大丈夫です。少し眠らせていただいて、頭もはっきりしています」

 記憶にあるよりも声音は低く、落ち着いた口調。けれど、響きが全く違う訳でもないのだなと、そんな事を私は思った。

「それは何よりです。一応、目を覚ました直後に顔を合わせていると思うのですが紹介しておきますね、私の連れのアスです」
「フェイ?」

 突然の紹介に、驚きを露とするよりも面食らってしまった。
 私はフェイを見て、けれどフェイはこちらを一瞥してそれ以上は何かを言ってくれる事もなく、“彼”へと視線を戻してしまっている。
 どうしようもないので私も“彼”へと視線を向けた。すると、視線を向けられるのを待っていたかのように“彼”は私へと向けて口を開くのだ。

「目を覚ました時のことは覚えていなくて、すみません。私はルキフェルと言います。良ければルキと呼んで下さい」
「・・・フェイには、アスと呼ばれている」

 気付いて、気付いたと言う反応の全てを、息を吸うその一拍の間に押さえつけ、どうにかそれだけを告げた。

「アス・・・アスティ?」

 ルキフェルにより、音を確認するかのように呟かれた言葉と、今は告げなかった筈の名前の続きが告げられた瞬間に身体が強張るのを感じて私は息を呑む。

「アスティエル・・・」
「アスティエラ」

 囁くように呟かれた名前を何となく訂正した。

「お知り合いでしたか?」
「・・・え?」

 何を言い出してくれるのかとフェイを見るが、全く悪びれがないどころか、予想外の展開に自分こそが不思議に思っているとでも言うかのような表情のフェイがいた。
 そして、先程私が気付いた事を確信に変える戸惑ったような声と表情で、私へと目を向けるルキフェルの反応に、私は今度こそどんな表情をすれば良いのか分からなくなってしまうのだ。

 私が何の反応も出来ないでいる間に、そうして、ルキフェルから決定的な台詞が告げられてしまった。

「私に、彼女に関する記憶はありません」

 と、何となく気付いていたとはいえ、はっきりと告げられたその言葉に愕然としている自分がいる事に気付いた。
 そして、こちらの反応を窺うように、ルキフェルが私へと視線を向けているのは分かっていたが、何を言うべきか分からない私は口を閉ざしたままだった。

「名前も聞いたことがないもので、そのはずです」
「・・・そう言う事らしいから、フェイの思い違いだな」

 続けた言葉に、ルキフェルは自分の右耳につけられたカフスへと手を伸ばし、その側面を指先で撫でていた。
 私はその様子に肩を竦める仕種を見せて、フェイへと笑って見せるが、その笑みがぎこちないものであると言う自覚があって舌打ちしたくなった。

「時間も時間だしな、夕食の準備をして来る。簡単なものしか作れないが、もう少しゆっくりしていてくれ」

 少しばかり一方的に告げて、けれど、私は私の心の内の一欠片すらも知られたくないと言うように、いっそ鷹揚さすらも感じさせるゆったりとした動作で部屋を出て行った。

 それでも、動作とは裏腹に、やはりその思考に余裕はなくて、だから、何かを言いかけていたルキフェルを制していたフェイの眼差しも、ドアが完全に閉まる間際にルキフェルにより呟かれていたその言葉にも、私が気付く事はなかったのだ。

「知らない。覚えていないんじゃなくて、私は、僕は知らない・・・なんでっ!」

 そんな呻くような声をフェイは聞いていた。

「許されない、は違う、赦されていい訳がない!なのに、何を?」

 苦しげに、そして、戸惑い混乱して、ルキフェルはただ言葉の断片へと感情を吐露し続けていた。

「誰を、誰・・・、あの子は、どうして、私は、僕は・・・・・・」

 ふっと、唐突に言葉が激しさと熱を失い、空虚な呟きだけが何故、どうしてと、ただそれだけを繰り返すのをフェイはアスが呼びに来るその時まで静かに見詰めているのだった。





ーーーー

次回 二日開きます。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

処理中です...