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【第一晶 ~新たなる旅立ち~】
50 再会?
しおりを挟む「入りますね」
ノックの後に返事はなかったが、フェイは一声かけるとそのままドアを開き、部屋の中へと入って行く。
本日何度目ともしれない覚悟を、なるようにしかならないとの心境のもとに抱えて、私もその後ろへと続いていた。
「どうですか?気分は」
簡素なベッドの上で上半身を起こし、窓の外を見ていたらしいその人物は、フェイの声で振り返ると、視界へと入れたフェイの姿に緩慢な瞬きをして微かな笑みを浮かべた。
起きているのは分かっていて、だからこそフェイも一声かけるのみで部屋へと入って行ったと思うのだが、私は浮かべられた“彼”の笑みの表情に違和感を感じていた。
寝起きで意識がまだはっきりしていないのかと、最初はそう思った。
ちゃんとフェイを見て浮かべられてはいるが、それは無防備で柔らかな笑みであり、私の知る“彼”は、初対面の相手にそのような表情を見せる事はなかったのだ。
警戒心を抱かせる事がないどころか、怯えるものに安心感すらも齎す、そんな勇者としての笑みを見て来た。
それが“彼”の常であり、けれど今、その表情にあるのは、まるで小さな子供のような無垢で無邪気さすらも思わせる笑みであり、それは余程信頼する相手にすらも滅多に向ける事のない、例えば嘗てのパーティーメンバーしかいない時、そんな時の表情に酷似しているような気がした。
「フェイさん、でしたか。眠る前の意識は結構曖昧なのですが、大丈夫です。少し眠らせていただいて、頭もはっきりしています」
記憶にあるよりも声音は低く、落ち着いた口調。けれど、響きが全く違う訳でもないのだなと、そんな事を私は思った。
「それは何よりです。一応、目を覚ました直後に顔を合わせていると思うのですが紹介しておきますね、私の連れのアスです」
「フェイ?」
突然の紹介に、驚きを露とするよりも面食らってしまった。
私はフェイを見て、けれどフェイはこちらを一瞥してそれ以上は何かを言ってくれる事もなく、“彼”へと視線を戻してしまっている。
どうしようもないので私も“彼”へと視線を向けた。すると、視線を向けられるのを待っていたかのように“彼”は私へと向けて口を開くのだ。
「目を覚ました時のことは覚えていなくて、すみません。私はルキフェルと言います。良ければルキと呼んで下さい」
「・・・フェイには、アスと呼ばれている」
気付いて、気付いたと言う反応の全てを、息を吸うその一拍の間に押さえつけ、どうにかそれだけを告げた。
「アス・・・アスティ?」
ルキフェルにより、音を確認するかのように呟かれた言葉と、今は告げなかった筈の名前の続きが告げられた瞬間に身体が強張るのを感じて私は息を呑む。
「アスティエル・・・」
「アスティエラ」
囁くように呟かれた名前を何となく訂正した。
「お知り合いでしたか?」
「・・・え?」
何を言い出してくれるのかとフェイを見るが、全く悪びれがないどころか、予想外の展開に自分こそが不思議に思っているとでも言うかのような表情のフェイがいた。
そして、先程私が気付いた事を確信に変える戸惑ったような声と表情で、私へと目を向けるルキフェルの反応に、私は今度こそどんな表情をすれば良いのか分からなくなってしまうのだ。
私が何の反応も出来ないでいる間に、そうして、ルキフェルから決定的な台詞が告げられてしまった。
「私に、彼女に関する記憶はありません」
と、何となく気付いていたとはいえ、はっきりと告げられたその言葉に愕然としている自分がいる事に気付いた。
そして、こちらの反応を窺うように、ルキフェルが私へと視線を向けているのは分かっていたが、何を言うべきか分からない私は口を閉ざしたままだった。
「名前も聞いたことがないもので、そのはずです」
「・・・そう言う事らしいから、フェイの思い違いだな」
続けた言葉に、ルキフェルは自分の右耳につけられたカフスへと手を伸ばし、その側面を指先で撫でていた。
私はその様子に肩を竦める仕種を見せて、フェイへと笑って見せるが、その笑みがぎこちないものであると言う自覚があって舌打ちしたくなった。
「時間も時間だしな、夕食の準備をして来る。簡単なものしか作れないが、もう少しゆっくりしていてくれ」
少しばかり一方的に告げて、けれど、私は私の心の内の一欠片すらも知られたくないと言うように、いっそ鷹揚さすらも感じさせるゆったりとした動作で部屋を出て行った。
それでも、動作とは裏腹に、やはりその思考に余裕はなくて、だから、何かを言いかけていたルキフェルを制していたフェイの眼差しも、ドアが完全に閉まる間際にルキフェルにより呟かれていたその言葉にも、私が気付く事はなかったのだ。
「知らない。覚えていないんじゃなくて、私は、僕は知らない・・・なんでっ!」
そんな呻くような声をフェイは聞いていた。
「許されない、は違う、赦されていい訳がない!なのに、何を?」
苦しげに、そして、戸惑い混乱して、ルキフェルはただ言葉の断片へと感情を吐露し続けていた。
「誰を、誰・・・、あの子は、どうして、私は、僕は・・・・・・」
ふっと、唐突に言葉が激しさと熱を失い、空虚な呟きだけが何故、どうしてと、ただそれだけを繰り返すのをフェイはアスが呼びに来るその時まで静かに見詰めているのだった。
ーーーー
次回 二日開きます。
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