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【第一晶 ~新たなる旅立ち~】
48 勇者?
しおりを挟む「フェイ、すまないが“アレ”を頼む」
目が合い、フェイが何事かを告げようと口を開きかけていたが、私はその発言を待つ事なく逆にこちらから口を開いて、そう頼みを告げた。
突然の事過ぎて理解が追い付いていないのか、フェイは開きかけていた口を、何も告げる事がないまま噤み、何処か不思議そうに見返して来ていた。
「遠くにはいかない、けれど、時間が欲しいんだ」
それだけをどうにか告げて、ここが限界だと感じた。
どうにか浮かべたと思われる笑みに、なのに歪んだだけとしか思う事の出来ない自分の口の形。たぶん本当にそんな表情しか出来ていないのだろうと思い、そう思えば思う程に、どうにも出来なくなって私は走り出していた。
「ルキフェル」
恐らくはそれで通じる。
聞こえて来る階段を上ってくる足音。私はその音から逃げるように、外へと飛び出していた。
※ ※ ※
一時間も経っていない。その間に起きた事を私は思い返す。
階段を降りきり、四つの紋章と行き合った。
そして、その先で私は“過去”として来た事と遭遇させられる事になったのだと。
消えた扉の向こう、そこは上のホールよりも一回り程度小さな円形の空間だった。
この円形の空間の内側で正三角形を描く様に、正面に赤い灯火が、右手側に青色の、左手側に緑色の炎がそれぞれ揺らめいていた。
「棺っぽくないか?」
そんな中でそれを見た時、そう私は呟いていた。
そして、それはある意味間違ってはいなかったのだろう。
上の階層とは異なる深い青色の石材の床は瑠璃か、青金石か、その床には薄く溝が入り、白銀の塗料で十二の先端を持つ光条の図象が描かれていた。
床一面を使って描かれていて、その尖端の全ては壁面の位置まで達している。
その空間にあるのはたった一つだけのものだった。
図象の中心。そして、赤と青と緑の三つの灯火の光が重なり、白く照らし出されている場所。
その場所に硝子か水晶を思わせる、透明な“匣”が置かれていた。
人が一人、横たわって丁度ぐらいであろう大きさの長方形の匣であり、だからこそ一瞬、棺と言う言葉を呟いてしまったのだが、その匣には何も入っていないように見えた。
そこにあると言う事自体、周囲を照らす灯火の光の反射がなければ分からなくなりそうな程の透明さで、だからこそ、何も入っていないとそう思い込む事が出来ていた。
「・・・勇者の、」
匣へと歩み寄り、その最中に匣の側面へと彫られた模様に気付いた。
上から降り注ぐ光茫と、その光を受けた長剣、それに翼持つ獅子。それは勇者のみが背負う事を許された紋章だった。
気付いたその刻印に止めかけてしまう歩みを、自分自身の意思に反してでも動かす足の動きに、強引に距離を詰めて行く。
ここで足を止めてしまったら、もう進む事等出来ないとでも言うかのように、無心であると言い聞かせる様に私は足を動かし続ける。
「どうして・・・」
残り七歩程で本当に足が動かなくて、普通に歩く時の何倍もの時間をかけているであろうと思いながらも、どうにか五歩、四歩、三歩と距離を詰め続けた。
そうして、残り三歩分の距離を残したその場所で、私は遂に完全に歩みを止めてしまった。
歩みを止めて、けれど、見えてしまったものに掠れる声で呟いたのだ。
側面から見ている時は分からなかった。
彫られた勇者の刻印が、揺らめく炎と、炎の放つ光の色合いが、それら全てが干渉し合い、入り口からでは、その匣の中身を見えなくしていたのだろう。
ちょっと癖のある黒髪は記憶にあるままのように思われた。顔立ちは幼さが抜けて、代わりに精悍さを持ち始めていて、三、四歳は歳をとっているのではないかと思う。
好んでいた黒色系統で纏められた衣に、愛用していた青みがかった黒銀の蔦の装飾の入った黒鞘の長剣。
固く閉じられた双眸に、その匣の中で横たわる“彼”の姿がそこにはあった。
何時の間に残りの距離を詰めていたのか、自分でも分からなくて、分からないが、そんな事は最早どうでも良かった。
触れる匣の蓋。氷のように冷たいその感触に、一瞬触れた指先が切れたのでないかとすら思ったが、私が手を引く事はなかった。
その下には“彼”の顔があった。触れられない距離。
そして、無意識の内に私は“彼”を、嘗ては呼んだ事の無かったその名前を呟いていた。
「勇者、ルキ・・・ルキフェル」
恐らくは、それが鍵にでもなっていたのだろう。
私が、“彼”の名前を呼ぶ。それが解放の為の鍵であり、施されていた魔法を解く為の仕組み。
匣の中で“彼”の睫が震える様を見た気がして、私は反射的に匣の蓋から手を引き、一歩を後退った。
うっすらと開かれ行く双眸に、まさかと更に一歩を後退る。
ふざけるなと私はここにはいない誰かへと向けた声なき罵声を上げ、そうして、身を翻そうとする最中に、“彼”が不思議そうな表情で内側から匣の蓋へと触れる様子を見ていた。
ーキンッー
高く澄んだ響きを背中で聞く。
何処か切なさと儚さすらも思わせるその響きの意味を考える事もなく、私は地下の空間を後にし、ただ一心不乱に階段を駆け上って行った。
そうして、出迎えてくれた訳でもないだろうが、階段を抜けて遭遇した緑の瞳に映った自分の様子に、私は時間稼ぎを託し、ただ外を目指したのだ。
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