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【第一晶 ~新たなる旅立ち~】
47 フェイは考える
しおりを挟むフェイは、進むと決めたその姿を見送ってしまっていた。
開かれた道。その先に渦巻くもの。
この先に自分は招かれていないと確信していた。
行こうと思えば行けたのかもしれないし、隣に並んで進む事は出来なくても、後ろからついて行く事は出来たのかもしれない。
けれど、下る階段に気付いた、その瞬間に無理だとそう思ってしまったのだ。
明確に何かがあった訳ではなく、アスティエラが来るなと言った訳でもない。ただ、自分が駄目だと思ってしまった、それだけなのだと意識はしていた。
「あの方も来て欲しいとは言いませんでしたし、私が進まない事に疑問を抱いている様子もありませんでしたしね」
振り返る事すらなく階段を下って行った姿を、声をかける事もなくフェイはただ見送っていたのだ。
「いえ、あの方が私に何かを望む事はありませんでしたね。・・・このまま私がここから姿を消したとして、恐らくは気にもされない事でしょう」
溜め息とともに吐き出される、フェイの中で確信となっている想像。
此処でフェイが何も言う事なくいなくなったとしても、アスティエラは気にしない。拐われるか、不測の自体に巻き込まれてなら分からないが、その行動がフェイの意思だと判断したなら、一つ頷いてそうかと呟きそれで終わらせてしまうと、絶対にそうなるだろうと思っていた。
「そうして、私の存在すらも、“いた筈の誰か”になるんでしょうね」
消えた笑みに、冴えた双眸の光。
もとからフェイのその切れ長の目には鋭さがあり、けれど普段は常時浮かべている微笑みに、見る者へとただ柔らかさだけを感じさせていた。
だからこそ、一度笑みを消せば、その落差もあり、一際鋭く冷たい印象がフェイの雰囲気を支配するのだ。
その変化をフェイ自身も自覚しているのか、目を
閉じて開く。普段よりもやや時間をかけて、意識的にその動作をする事で、フェイは自身の目から鋭いだけのその光を消して見せた。
ただ表情へと笑みは戻らないままだ。能動的に微笑む事はなく、意味の分からない苛立ちを感じる事も、進む事の出来ない自身への理不尽に苛立つ事もない。そこにあるのは言うなれば完全な無だった。
「抱いてしまう感情も、どうにも出来ないと思ってしまう情動も、ある程度なら自身への“情報”として処理出来てしまうのですよ、私は」
誰にでもなく呟きながら、フェイは自身が間違いなく感じ、思ってしまった事を、“そう言うもの”として処理してしまう。
即ち、自分は怒っている。とその“情報”へと名前を付けて、時が来るまで保管する事にしたのだった。
フェイは衝動的に喚く事も泣いたりする事も殆どない。
ただそれは衝動的でないだけであって、そう言うものとして一時的に処理していても、時と場合を見計らって、意識的に発散するのだ。
だから今はまだ、その時と場合を待っているだけ。そうして、向けるべき相手を見定めている時間。
本当に、それだけだった。
「さて、何がどうなるかも分かりませんし、気になるものでも見てしまいましょうか」
言葉にする事で完全に切り替えが終わったらしい。
フェイは壁沿いに印された十一の紋章を、首を動かすだけで眺め、何故自分は先程まで何も思う事がなかったのかと今更な事を考えていた。
魔女は全部で十二人いる。実のところその認識自体がおかしいのかもしれないと、以前からフェイはそう思う事があった。
「千二百年程前の大災禍。その時に初めて十二人の魔女が揃ったと記録がありましたが、何故十二人で全てと分かったのでしょうね?」
魔女に空位があった場合、その時々の災禍の規模によって、生まれてくる魔女の数は変わって来る。
そして、魔女は全員揃ったとしても十二人だとそう決まっていた。
けれど、だからこそフェイは本当に?とそう思ってしまったのだ。
「まあ、そもそも、この場所に十一の紋章しか記録がない状態だって言うのが、既に魔女教の記録も不完全って事でしょうけど」
それでも、スペースは開けられていたのだから、魔女教としての認識でも魔女は十二人いると言う認識ではあるのだろうとフェイは思った。
「それともここはあの仕掛けを作る上で、敢えて印す事を控えて、中央とやらの教会にはちゃんとした記録が作られているのか、一度お邪魔して、ちゃんと確認しておいた方が良い感じでしょうかね」
正面の空白箇所を挟んで左に“空”、右に“時”。
そのまま左手側は奥から“光”、“火”、“風”、“雷”、“樹”、右手側は“闇”、“水”、“夢”、“氷”、“地”・・・・・・
眺め見ていて、目を瞬かせ、そしてフェイはその双眸を見開いた。
アスティエラが下りていった階段はそのままで、紋章の数で等間隔に距離の取られた壁沿い。
階段が発生したのは“空白”の場所だった筈で、ここに通されて、確認した紋章は確かに十一だった。
「どう言う・・・、違います。何を意味して?」
混乱しながらもフェイは考えていた。
以前にアスティエラと話していた、“その時”と言う会話が脳裏を過り、決断を迫られるであろう良くない兆候を、或いは何を決めてもどうにもならなくなるであろう、避けなければいけないとの本能に訴える、兆しにも似た感覚を感じてしまっていた。
「アス!」
弾かれるようにそう名前を呼び、そうしてフェイは考える間に俯かせてしまっていた顔を上げる。
そうしてその視界へと、驚いたようにフェイを見る、宵時近くの空の色を映した紫色の瞳が映り込んでいた。
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