月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第一晶 ~新たなる旅立ち~】

46 覚悟

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「誰だ彼の方って」

 思い当たらない相手に顔を顰め、けれど、ようやくそれと向き合う覚悟を決めた。

「十一の紋章クレスト、あそこだけ何もかかってなかったから、そんな気はしていたんだよな」

 呟きながらも歩みを進める。
 入って来た場所の丁度正面。そこは本来ならもう一つ紋章クレスト、があったであろう場所だった。
 十二人の魔女に対して、十一の紋章クレスト。それらは等間隔に並んでいて、なのに、そこだけが何も掛かっていなかったのだから。
 そして今、そこには壁すらもなくなっていた。

「隠し通路、いや、地下か」

 覗き込むまでもなく、下へと続いている階段に気付く。

「他の魔女の力が満ちてるな」

 言いながら、階段へと一歩を踏み出した。
 人が二、三人程度なら横に並んで歩く事が出来るであろう、それなりの広さがある階段を私はで進む。そうして落とした足が鳴らすカツーンと言う硬質的な響き、思いの外、反響した足音に私は少しだけ目を見張った。

「石材は一緒な感じなのに、金属?真銀ミスリルか、これは」

 来た時の通路とは違い、この階段に外から明かりを取り入れる為の仕組みはなく、なのに燭台等が設置してある様子もない。
 それでも進む事に困らないのは、壁の所々で冴え冴えとした光を放つ結晶片のお陰だった。
 石材と共に磨かれ、滑らかな断面を晒す白銀色。
 完全な闇だったとしても進む事は出来るが、それでも、あればあったで楽なのは事実であり、私はその恩恵を意識に留めながら進んで言った。

 どれだけ続くかも分からない階段を下り、闇と白銀色の光だけを眺め続ける。
 星の光が瞬くような夜空の中をく。そんな幻想的な光景に見えなくもないなと、感慨に薄くも思っていた。

 生き物が澱んだ魔素に侵されると魔物化する。実のところ、それは、水や石材等の無機物にも起こる現象であり、澱んだ魔素に晒され続けた鉱物がある日突然、他の生き物への害意を以て動き出す事がある。
 けれど、魔獣や魔物になる事なく、ただひたすらに、魔素を蓄え続けるものもあった。その差が何なのかと言われれば、相性としか言い様がないのかもしれないが、とにかく、魔素を蓄え続ける物質があり、そして、その物質は獣が魔素に適応して魔獣になるように、輝石や金属等が適応力から、魔石や魔法鉱物へと変質するのだ。

 真銀ミスリルとは正確には魔法真銀と表記され、文字通り、銀と言う鉱物が高い濃度の魔素へと晒され続け変質した鉱物だった。

「属性とか性質を問わず、魔法との相性そのものが良いから、道具とか、儀式セレモニーの場そのものを調えるのに使えるんだが、結構な量じゃないか?」

 階段の途中、片手に収まる程だったが、それまでよりも一際大きな白銀色の輝きを見た時、そんな事を思った。
 真銀ミスリルは、魔法鉱物の中でもかなり貴重な物質なのだ。
 もとから魔素による変質に耐えられる鉱物自体が少なく、そんな鉱物が高い濃度の魔素に、長い年月の間晒され続けなければ魔法鉱物は生まれない。
 そしてその鉱物の中でも、銀自体がまた希少金属であり、尚且つ魔素に対する相性から、膨大な量の魔素を取り込まなければ真銀ミスリルに変質する事がない。
 そんな様々な要素を成立させ、その状態が単位で維持され続ける。そうして生まれる魔法金属の中の真銀ミスリルが、ほぼ原石のまま、ここにはそれなりの量が存在しているようだった。

「・・・増幅と固定、共鳴させて、何の為に?」

 何等かの魔法の痕跡に気付いていた。
 魔法とも呼ぶ事の出来ない魔力の残滓を感じてもいた。
 少なくない真銀ミスリルどうしが反応し合う事による威力の増幅と、魔法の行使者が不在の状態でも維持し続けられている効果。

「覚悟を決めていて、でも、足りないぐらいか?」

 竜とこうじの“時”
 白麒麟さくめい黒麒麟ろくたんで“空”
 大樹と泉は“樹”
 霊亀は“地”

 降りきった場所で行き当たった扉。
 その扉に刻印されていた四つの紋章クレストを、足を止めた私はただ眺め見ていた。
 四人の魔女が関わったと証明する扉の刻印。その物々しい扉をどうするべきかと一人悩む。

 魔女はその気になれば、国の一つぐらい普通に滅ぼす事が出来る。
 単純に力で押し潰すか、徐々に崩壊へと導くか、自壊させるか、方法は魔女によるが、それでも、出来てしまうと言う事に代わりはない。
 その力的なものもそうだが、必要なら、犠牲や代償を気にかけ、気に留める事なく、やると言った精神性が魔女なのだ。

「その魔女、それも始源に近しき古き魔女の四人。本当になんなんだろうな」

 思考の断片から、その最後の部分を口に出しながら、四つの紋章クレストの中心、丁度胸の前に来るその空白へと、私は自分の左手を置いた。

 封印されていた訳でも、仕掛けがあった訳でもなかった。
 けれど、たったそれだけの事で、扉は、朝日を浴びた朝靄に映る幻影であったかのように霧散してしまった。

 そして、私は思い知る事になった。
 何かがあると覚悟を決めていて、けれど、それが、全然足りていなかったのだと。
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