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【第一晶 ~新たなる旅立ち~】
44 魔女を祀りし聖堂
しおりを挟む上方にある摩り硝子の窓から差し込む光を反射し、建物全体へと行き渡らせる構造となっているのだろう。
燭台等の光源はあったが、その上に揺れる炎はなく、それにも関わらず内部を薄暗いと感じる事はなかった。
磨かれた床は大理石か、御影石か。滑らかな見た目は美しいが、ブーツの靴底越しにも感じる石材特有のひんやりした温度に、霊廟のような厳粛さともの寂しさを感じていた。
(駆け抜けようと思ったら足を取られそうだな)
感じていた粛々とした空気をそれはそれとし、滑らか過ぎる足場にそんな感想を抱いたのだが、全てが私の内心での事でしかなかった為に、そもそも教会で走ると言う発想自体が間違いだと、誰かが指摘してくれる事もなかった。
何時も、こちらの心内を見透かしているようなフェイですらも、今はそれどころではないのか、前を行くレイリアの背中を見詰め、黙ったままなぐらいだ。
「教会と言うよりも聖堂でしょうか?熱くも寒くもないのに、温度を失ったかのように寒々とした空気は、ここに祀られているものに関係がありますか?」
レイリアの背中へと、おもむろにフェイは会話を切り出した。
「ここは嘗て、女神カルディアを信仰する者達の集い場、時忘れの教会と呼ばれておりましたが、今は世界の為にある魔女様と世界の為にあった魔女様を祀る場となり、歴史を伝え、祈りを捧ぐ、その為の場として存在しております」
「魔女の歴史と、祈りの場な」
僅かに振り返りながらレイリアは告げ、そうして、その場から退く様にして脇へと佇み、私達だけをその先へと促した。
入り口からの短い通路を抜け、広がる視界に、広い空間へと出る。
そこは円形の大きな広間のようだった。床全体を使い、砕いた鉱石を散りばめて描かれた円環と四つの尖端を持つ光条の図象がまず目に入る。これは女神カルディアを崇めていた時の名残だろう。
「愛し子は全て女神カルディアの御心に抱かれし」
聖句だったかの一篇を私が呟きながら頭上を見上げれば、恐らくは尖塔の真下に位置すると思われるのに高い天井はドーム型で、その天井の一角に女神その人と思われる波打つ長い髪の女性が、両の腕を広げ、全てを抱こうとしているかのような仕種の精緻なレリーフが彫刻されているのが目に入った。
「心のままを成し、望むべくを導とし、願うべくが貴女の祈りとともにありますように。何時かその御もとへと還り行くまで」
頭上の女神カルディアへと向けて、指し伸ばす左手。
感じる二つの視線には関心を寄せる事なく、けれど、私は唐突に下ろす手に、その後は何事もなかったかのように、周囲の観察へと戻った。
「等間隔で並ぶ十一の紋章と印された幾つもの象徴か、幾つか見たのもあるな」
円形のホールを支える六本の太い柱。その向こうの壁沿いを十一の艶ある布地が覆い、その布地には様々な色合いの糸で刺繍された大きめの図案が掲げられていた。
そして、その図案の周りで、その図案を彩るかのように、小さく刺された別の異なる意匠の数々。様々な色合いの刺繍糸で刺されたそれらは、それぞれの魔女を象徴する紋章から派生し、個の魔女を象徴する象徴だと私には分かった。
「重なる一対の翼と、その翼の周りを巡る一陣の風、“風”の司たる魔女の紋章ですね。その少し下の一対と小さめの片翼。フェンの象徴です」
「焔の鬣に、獅子を貫く一本の剣。雫型の鱗と滴る水滴・・・確かに魔女を祀る場所っぽいな」
よくこれだけのものを揃えたものだと関心しかけて、けれど紛れもない魔女そのものである非時の魔女が関わっている事を思い出して、微妙な表情になってしまう。
「霊廟と思ったのもあながち間違いじゃなかったな」
「連綿と続く魔女の系譜の記録、みたいなものですね」
「そう、ご丁寧に現役の魔女のものは入っていない。だから霊廟な」
「そう言えば?いえ、魔方陣でも見なければ、その魔女の象徴なんて分からないので、私にはそこまで判断がつけられません」
眇め見る紋章と象徴の数々にフェイは首を傾げていた。
紋章だの象徴だの言ってみても、確かに使われる機会は早々ないのでフェンが言う事も分かる。
魔女から魔女へと連絡を取る時、或いはフェイが言ったように、自分の魔法だと定義する為に、魔方陣へと組み込む以外にそれらを目にする事は殆どないのだから。
「単にフェンのはあって、フェイのがなかったからそう思っただけなんだがな?」
「私の象徴お見せしましたっけ?」
訝るようにフェイは私を見るが、その反応こそが驚きだった。
表情の変化としては出さないが、瞬かせる双眸にフェイを見てしまう。
「翼竜と戦った時だが、大技狙いで展開された魔方陣に翼を持った蛇の巻き付いた木の枝っぽいものを見た。何となく繋がりの姿が分かるなと思ってな」
「油断も隙もないですね」
「いや、は?」
ちょっとした混乱だった。フェイは用心深い。知られたくないと思っているのなら、私相手でも絶対に隠し通すだろうと、そう思っているし、それは正しいと考えている。なのに、この反応なのだ。
「まぁ、絶対ではないのなら、こんなものです」
諦めたような嘆息に、私は曖昧な表情しか返す事が出来なかった。
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