月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第一晶 ~新たなる旅立ち~】

43 時忘れの教会

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「そう気にしてもしょうがないし、今はそれよりも目の前の方だな」
「しょうがないで片付けても良いものでしょうか?」
「着いたっぽい」

 首を傾げて、釈然としない思いを露にしていたフェイを端的な言葉で促すと、フェイもようやくそちらへと意識を向けてくれた。

 それは、白い石造りの建物だった。中央にまるで空を貫かんとするかのような紫紺色の屋根の尖塔があり、その最上部へと目を凝らせば、白金色の円環と、その円環の中心から光条を図象化して、それぞれの尖端を全包囲へと広げるシンボルが掲げられている。

「円環と十二閃の光?女神カルディアのシンボルと少し違うな」
「そうですね、女神カルディアは円環と4つの先端を持った光条を重ねていますから」

 フェイもまた私と同じものを見上げ呟いていた。

「それに、女神カルディアは蒼と白がシンボルカラーだったろ?」
「紫?青?尖塔の色が、経年等で変色したにしては不思議ですよね」

 女神カルディアはこの世界で信仰されている神の一柱で、創造神セイファートの妹にして伴侶とされ心を司る。
 善悪の理を説きながらも、心の在るべきを成せと、想う心のままを望むとされ、円環を廻る心に、そして、その心の中に何時でも光が在るようにとのシンボルを掲げている。
 そして、女神らしく、蒼は生命を生み育む水の色、白は女性的な清楚さと清純さの象徴とされる月の光の色からのシンボルカラーだった。
 だからこそ、掲げられたシンボルと、尖塔を彩るシンボルカラーそれぞれの差異に、私は胸騒ぎのようなものを感じずにはいられなかったのだ。

「あまり荒れていないようだが、何時まで現役だったんだここは?」
「分かりません、いえ、今なお現役のようですね」

 長くしなやかな指が指し示す一帯の状況に、そう言う事かと思った。
 教会の周りから綺麗に取り除かれた草と、教会の建物に触れないようにと枝打ちされた木々。明らかに人の手が入っている事を思わせていた。

「管理者が残っているのでしょうか」
「どうだろうな」

 フェイの視線が、建物に設えられた重厚感ある扉へと向けられ、私もまたその木造の扉を見ていた。

 建物の中から外へと、移動して来る気配を感じ、そうして、キィと蝶番が擦れる僅かな音と共に扉が開かれる。
 両手で押す様にして扉を開き、そこにいると知っていたかのように私達へと向き直ると、向かい合うようにしてすっと正された姿勢。
 その表情に驚きはなく、目もとまでを覆う薄いベールの向こうで、窺い見る事の出来る口もとに、ただ美しいだけの微笑みが湛えられ私達へと向けられていた。

「ようこそおいでくださいました魔女様方。魔女教が司祭レイリアと申します」

 紫の光沢を、受ける光の加減で揺らめかせる黒い生地の衣。シスターが身に纏うようなワンピースタイプの服の裾を摘まみ、まるで貴族の御令嬢を思わせる優雅な礼で腰を落として見せる仕種。
 その礼を受け、私は瞬きを一つ返すと、フェイへと顔を向け口を開いた。

「よし、帰ろう。もとから厄介事の気配はしていたが、今完全に確定した」
「奇遇ですね、心から同意したい提案です」

 頷き、至極真面目な表情で、フェイもまた私を見返して来ていた。
 けれど、直ぐにフェイの表情がふっと諦めの色を落とす。

「そうですね、ですが、逃げ切れるとお思いですか?」
非時ときじくの魔女が出ばって来た段階で予感はしていたんだ・・・フェイを置いていけば何とかなるか?」

 僅かな思案の間。そして、フェイを置いて自分だけ何事もなっかたかのように帰る。そんな、提案とも呼べない申し出をしてみた。

「止めて下さい。そもそもが、どう考えても貴方の案件ではないのですか?」

 そう答えが返ってくると分かっていて、それでも少しでも可能性があるのならと縋ってみたかったのだ。

 魔女教。それは一言で言うなら、魔女を崇める人々の集まりだった。
 崇めても何もならないだろうにと、私的には思う。
 基本は魔女を只人とは異なる力を持つ超常的な存在と位置付け、神の代行者や世界の再生を為す者等と呼び、教義の中では、勇者が為すような救世から、逆にこれぞ魔王と言わんばかりの残虐非道を記した様々な役割を魔女の存在へと課して来ている。
 そもそもが、集まりによって掲げる思想が異なり、何故か崇められる立場の私達ですらも置き去りにして、謎でしかない活動を繰り広げてくれている集団なのだ。

「ある意味、魔女狩りの連中より怖いんだよな」
「分かります」

 魔女を悪しき者として、問答無用で殺しに来る魔女狩りと言う存在がいるのだが、魔女教を名乗る者達は、魔女狩りの連中とは違い目的と思想が統一されていない分、得体の知れないものと言った怖さがあった。

「どうぞこちらへ、魔女様方」

 私達の会話が聞こえている筈なのにレイリアと名乗った女性は、それらには何も触れる事なく、ただ会話の切れ目を見計らっていたかのようにそう促して来た。
 そして、やはりと言うべきか、こちらの反応を待つ事なくレイリアは踵を返すと教会の中へと消えて行ったのだ。
 見送ってしまう後ろ姿。フェイとどちらともなく交わすアイコンタクトに、溜め息と首肯だけで意思の確認を終え、行きたくないと思う重い足取りに私達もまた教会の中へと続いていった。
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