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【第一晶 ~新たなる旅立ち~】
42 信頼すると言う事
しおりを挟む「そろそろだと思うんだが」
「どうでしょう、何の気配もしない事がそう言う事と言ってしまえばそうなのかもしれませんが」
順調な道行きと言えばそうで、手強い相手はおらず、迂回を強いられるような場所もなかった。
逆に言えば、小物の相手はそれなりにしていて、足取りを鈍らせるような場所はあった。
そろそろの筈ではないかと、自分の感覚でしかないので本当のところはわからない。けれど、その感覚こそが間違いではないと伝えて来るのだ。
「惑わされているか?」
「・・・・・・」
可能性を問うと、返ってきたのは沈黙だった。
「フェイ?」
「いえ、これは私の手に負えないなと」
「成る程、御大が自ら仕掛けに来た感じか」
呟くと、こちらが気付くのを待っていたと言うように、周囲がざわめいた。
「勝算を与えなければ仕掛けてこないんじゃなかったのか?」
「それは向こうが何を以て勝利とするかの条件にもよりますよ」
昨日の会話から軽い口調で問えば、今度はフェイもまた何でもない事のように返してきた。
こちらをどうしたいのか、それが叶うのかどうか、それらによって変わる勝利の形。確かにそう言うものだと納得し、では、向こうの勝利条件とは何なのかと考える。
答えが出る前に、凪いでいた森の空気が、吹き荒れる様にローブコートがはためき、髪の毛が視界で乱舞する。
未だ正午前であった筈の時間帯に、けれど、一気に辺りの明度が落ち、周囲を鬱蒼とした闇が包んでいた。
「アス、九尾の幻覚は防ぐ事が出来ないと思って下さい」
「視覚や聴覚だけでなく、中枢神経から脳を侵すのだったか」
囚われたと思った時には手遅れで、そもそも、囚われていると自覚すらもさせる事なく獲物を自らの手中へと落とす事が出来る。それが、狐から変異した魔獣の特性だった。
当然能力の強弱や、どう作用して来るか等の差異はあるが、狐の魔獣はまず間違いなく、感覚を惑わせる魔法を持ち、それが九尾ともなると、最大限の威力を以て襲いかかってくる事になるのだ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
何かを言う事もなく。何かをする事もない。
惑わされ、狂わされているのなら、下手に動けば同士打ちに繋がり、声を発してもそれが正しく伝わるか、そもそも正しく発する事が出来ているのかも分からなくなるからだ。
(アスか、やはり、個と認識して呼ばれると、ここにいると感じるものなんだな)
囚われたと認識して、なのにこの窮地に焦るのでもなく、私は呼ばれた名前について考えていた。
名前は個としての己を自覚しやすくする。私と言う個が呼ばれ、呼ぶ相手がいると言う事で、ここに在るのだと今更ながらに自分を意識する。
「アスティエラ、それが私」
囁く様に、口ずさむ様に、私は誰にでもなく言葉を紡いだ。
「・・・名に頂くは“星”の意、冠するは“銀礫”の綴り、希われしものを標とし、導きを識る」
誰にでもなく、何処へでもなくただ音に綴る。
けれど、誰かが聞いていて、何処かには届くのなら、それは宣誓となり得た。
私が、私である事を、今ここに宣言したのだ。
そうして、その宣言は世界に受理される。
リンと、それは高く澄んだ鈴の音の様に。
シャラシャラと風が鳴り、運んで行く音色を空気中の水の気が増幅し響きを重ね連ねて行く。
「私の道は私の前に」
遮る事など許さないとばかりの強い思いを、密やかな呟きに込め、唐突に一つ打つ柏手に、手の平どうしで圧縮して潰された空気が思いの外、大きな音を鳴らし森へと響いた。
そして、後に残ったのは呆気ない程の静寂だった。
何時の間にか、周囲の光景はもとに戻り、森林浴に良さげな木漏れ日が射す森の光景に、何処かで鳴く鳥の囀ずりが長閑さを演出している。
「フェイ?」
隣にいて、けれど俯いてしゃがみこんでしまっている姿に気付き、不思議そうに声をかけると、その肩がびくりと大袈裟な程跳ねた。
「・・・・・・」
「あ、違います。魔法・・・いえ、魔力?あてられて、少し時間を下さい」
それだけを告げる間に、フェイの虚ろだった口調が明確な発音を取り戻し初めていただけに、大丈夫そうだと思いその場で佇みながら時間を潰す。
詞に魔力を載せ、こちらを捕らえようとして来る相手方の力を強制的に破棄させる。それが私の取った手段だった。
本来なら、相手との力量差がなければ成立しない、これはかなり力業の対処となる。
恐らくフェイは正攻法である、魔法を読み取り、魔法を構成する式を解き明かす事での解除を試みていたのだろう。
自分の魔力を薄く、全体的に相手の魔法に絡み付かせるようにして行われるそれに、私の力業が強引に破棄をかけて来た。巻き込まれ物凄く影響を受けたのではないかと思う。
かなり申し訳ない事をしてしまったのではないかと今更ながらに思った。
「大丈夫です。祝詞に気を取られていて、そこまで深く結びついていた訳ではありませんので」
「すまなかった」
大丈夫だと言って立ち上がるフェイへと私は頭を下げた。
考えなしのつもりはなかったが、憔悴の残るフェイの顔色の白さに、これは酷いと自分でも思ったのだ。
「もういないようですね」
「もとから近くには来ていなかったんだろうな。嫁のどちらかを中継していて、その嫁ももう一匹と他の取り巻きが回収していった」
だからこそ力業が効いたのだ。何かを中継しているのなら、もともとの魔法の威力はどうあれ、中継点を叩いてしまえばそれで済むのだから。
「中継点、よくそれがいると分かりましたね」
「フェイに勝算が分からなかったのなら、そんなもの存在していないって事だろう?なら来ていないと思ってな」
「・・・・・・」
いるかどうかは分からなかった。だから、フェイをただ信じた。私としてはそれだけだったのだ。
勝算を与えなければ出てこないと言った相手からの干渉。勝利条件によると言いながらもそれについてあの段階で言及していなかったフェイ。ならばそんなもの存在していないと私の中で答えは出ていたのだ。
「あまり私を過信しないで下さい」
沈黙から力ない笑みをその表情に、私の考えを理解したのであろうフェイが嘆息混じりにそう告げて来た。
「大丈夫、問題ない」
けれど、私は何でもない事のようにそんなフェイへと頷いてみせる。
そんな反応に、フェイはどうしようもないのかと、ただ肩を落としていた。
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