月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第一晶 ~新たなる旅立ち~】

39 野営

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「さて、寒くないですし、火はどちらでもと言いたいところですが、明日のお楽しみの為に夜半過ぎまで火の管理をしないといけません」
「お楽しみ?」
「ええ、お楽しみです。見張りを兼ねた夜番はどうしますか?」

 にこにこ笑うだけのフェイは、どうやらそのお楽しみとやらの内容を教えてくれるつもりはないようだった。
 ならば私も明日を期待していようと、ウエストポーチへと手を持っていった。

「個人用定置型結界のツァールⅠ型、二人だと多少狭いが、何とかなるだろう」
「同じに見えます」

 ぱちぱちと音が聞こえてきそうな瞬きに、告げられた言葉へと、思わず私は笑ってしまった。

「三つ子設定だそうだ」
「いらない設定だと思いますが?」
「ちなみに、Ⅰ型が“ときわ”でⅡ型が“もえぎ”、Ⅲ型が“あさぎ”だ」
「あの人ですね、その名前は。と言う事は三つ子設定も、ですか」
「一応発動中は名前に因んで目の色が変わるってオプションがついていたりする。ツァール、お休みなさい」

 私の就寝の挨拶と共に発動する結界。
 同時に、開くツァールの瞼。黒っぽい不透明な緑色だった目へと光が通り、今は何処か眠たげな表情に、澄んだ常葉色を湛えていた。

「行ってきますとただいまがⅢ型で、Ⅰ型はお休みなさいですと、お早うございますですか?そう言えばⅢ型は浅黄色の目をしていましたね」
「Ⅱ型が萌木色の目をしていて、あれが唯一の移動時でも展開出来るタイプ。因みに、“いっくよー”と“とぉちゃーく”が起動と停止のキーになる」

 いきなり何を言い出すんだとばかりの目で見られたのだが、そう言う設定がされているのだから、受け入れて貰うしかない。
 そんな意味合いで見返したところ、フェイも察したのか、何とも言い難いものを見る表情で、眠たげなⅢ型を、もしくは、Ⅲ型を通してその設定をした存在を見ていた。

「何か、Ⅱ型だけはっちゃけているように感じますが?」
「私も思った。使う時は明るく元気にだそうだ」
「ありますか?使った事」
「秘境で一人、あのノリは微妙なものがあったな」

 やや遠い目をしてしまうのは許して欲しい。
 跋扈する魔獣達を見ながらの“いっくよー”だ、戦闘を回避した筈なのに、何故か酷く疲れたのを覚えている。

「何か、申し訳ありません?あの人が色々とやらかしているようで」
「いや、便利は便利なんだ。届けて貰って、有り難く使わせて貰っている。感謝はしているんだ」
「確かに、高性能はそうですよね、この子も」

 そこは感心したように、素直に頷いていた。
 でも、それはそれと言う事なのだろう。私も激しく同意している。

「エリーの技術力に興が乗って、色々といらない注文を付けたのだろうな、とは思っている」
「ああ、もとから貴方が使う事を想定して、だから・・・」

 突然、気付いたとばかりにフェイは声音を一段上げて呟きながらも私を見た。
 それから、何事かと見返す私の手からツァールⅠ型を受け取り、まじまじと見ている。

「この子達は、貴方の・・・いえ、やっぱり大丈夫です、何でもありません」
「いや、たぶん、分かった。今頃気付いた」

 フェイのやんわりとした拒絶に、けれど、私もその反応に思い至ってしまっていた。
 そして、本当に今更だと、微苦笑を浮かべてしまう。

「慰め、と言うか、普通に気遣われていたのだな、私は」

 三羽の鳥型魔法道具。Ⅰ型等ではなく、ちゃんと付けられた名前に、起動時の言葉。
 辺境どころか、秘境中の秘境に引き込もっていた私に、少しでも、触れ合う事を忘れないでいられるようにとのフェンの配慮を今更ながらに思ったのだ。

「慰めると言うより、寂しいと言う感情を忘れないように、との事でしょうね。寂しさは人を殺せる、けれど、寂しいとすら感じられなくなると人は人である事を忘れるそうです」
「繋ぎ止められていたわけだな」

 一つ一つは些細な事かもしれなくて、時には思いもよらない方向性を発揮している事もあるが、確かに何等かの思いを抱かれていたのだと、そう思う事が出来た。

「お休みなさい、“ときわ”」

 ちゃんと呼ぶ名前に眠る前の挨拶を告げて、すると、ク、ク、クと“ときわ”が眠たげな表情のまま、低く鳴く声で応じてくれた。

「・・・やっぱり、技術力の無駄遣いかと、思わなくもない」

 言いながらも、初めて聞くツァールの鳴き声に私は楽しげに笑っていた。

 それから、夜番の順番を、私が先で夜半過ぎにフェイと交代する事で話しを纏め就寝に入った。  
 木の幹に凭れるようにして、頭まで毛布を被り眠るフェイの様子に、息苦しくならないのかと思ったが、小さく上下する身体の規則的な動きに大丈夫そうだと思った。
 控えめに抑えながらも、絶やさないようにする焚き火の炎の揺らめき。
 炎の光源がぎりぎり届く上方の枝に“ときわ”は止まり、眠たげな眼差しのまま、器用に身体を揺らして、結界を維持し続けている。
 本物の鳥っぽいと、その姿に寝かせて上げられない事を申し訳なく感じてしまう程だった。

(“ときわ”の守りと、主の存在で統制の取れた森。酷く静かで、朝までフェイを寝かせておいても良いんだが、たぶん普通に目を覚ますんだろうな)

 寝る私は、そんな事を思いながら、一人の時間を過ごしていた。
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