月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第一晶 ~新たなる旅立ち~】

38 呼ぶ為の名前

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「いえ、他意がどうと言う訳でもなくてですね、今はいいのですが、この先“外”に行く事もあると思うんですね?」

 私の様子に何か気付いたかのように、フェイは捕捉の説明を追加してくれるようだった。

「まぁそうだな」
「さすがに、銀礫ぎんれきの魔女とお呼びするのは憚られますし」
「ああ、そう言う」

 そこでようやく私も納得した。
 目が覚めてからというもの、魔女やその関係者としか会話をして来ていなかった為に、気にしていなかったが、確かに普通の街等で、堂々と魔女を名乗ったり、銀礫ぎんれきのとか翠翼すいよくの等と呼んだりは、出来ないだろう。
 いや、まあ、出来なくはないが、奇異の視線を集めるか、最悪真に受けられでもしたら、街から叩き出されるか、自警団や領兵等を呼ばれ、追われる事になるだろう。

銀礫ぎんれきの魔女としての真名まなでも教えて欲しいのかと思った」
「止めて下さい、無理です」

 間髪入れずの拒否は、珍しくも真顔であって、フェイが本当に聞きたくないのだと言っているのだと少しばかりの驚きに目を見張ってしまった。

「魔女の真名は、その魔女に何かあった時に、魔女の名前を知るその者へと役目を引き継がせる為の導であって鍵です。私に貴方の役目を押し付けようとするのは絶対に止めて下さい」
「そこまで拒否されるのもショックだが、分からなくもないからな。引き継ぐのは役目だけでなく、力や制約も関わってくるから、下手な継承をすると身動きが取れなくなる」

 魔女の役目は、摂理によって成り立つ世界にとって必要なものだった。だからこそ、魔女は産まれ、そして、死等の要因によってその役目を果たす者がいなくなってしまう時には、役目を継承して行く事が出来るように、仕組みが存在している。
 それが魔女の真名であり、真名を鍵として役目と力、そして制約を継承する事が出来るのだ。

「まあ出来るってだけで、しなければいけないって強制でもないから、誰にも真名を明かす事なく終わっていく奴もいるし、下手に明かしてリスクを背負うのもあれだからそもそも真名を定めてないって奴もいたな」
「それは、真名を定めないなど可能なのですか?」
「可能か不可能かで言えば可能みたいだが、契約書にちゃんとした名前を書いていないようなものだからな、かなり不安定で、なのに存在は出来ているって不思議仕様になっていた。そもそも明かす名前がないって状態は、誠実であるって証明が難しいからな、繋がりチェインは持てないし、その魔女が魔女たる所以の魔法も殆ど使えなかったみたいだな」

 いた誰かを思い出す様に告げて、爆ぜる火を眺めながらお茶を飲む。

「それは魔女と言えるのですか?」
「当人が魔女を名乗っていたのは間違いないな」

 中身が半分ぐらいになったカップを置くと、私は小山になっていた果物から適当なものを摘まんで、そのまま口へと運んだ。
 一口サイズの、酸味が強い林檎のような果物は瑞々しく、素直に美味しいと思っていると、フェイが黒い果物のごつごつとした皮にナイフを入れ剥いている様子が目に入った。

「呼ぶ為の名前な・・・好きに呼んでくれて良いぞ?流通させている名前もないしな」

 考えて、早々に投げ出し、フェイへと委ねる事にした。

「呼んで欲しい名前などはないのですか?」

 果汁を滴らせた、白い果実の一欠片を口へと運ぶ手を止め、フェイが尋ねてくる。

「ないな、特には・・・」

 呼んで欲しい愛着のあるような名前に、特に思い当たるものはなく、だからこそ、簡単にフェイへと委ねたのだが、何故か私の返答を聞いたフェイの表情が複雑そうなものになってしまった。
 何か物言いたげで、見え隠れするような困惑混じりの表情を向けられ、そこでふと思い至った。

「急に名付けを求められても困るか、なら、そう、アスティエラで頼む」
「アスティエラですか?」
「勇者達と旅をした時の名前だが、二百年以上経っているなら問題ないだろ?そもそも伝わっていない
みたいだしな」

 自分の閃きに、私は一つ頷きフェイを見た。
 瞬かせる双眸に僅かな逡巡を見て、あれ?っと思ったが、一先ずの反応待ちをする。

「それはそうですが、問題とかではなくて、大丈夫なのですかと聞くのは野暮でしょうか?」
「ん?何を気にしてくれているのか分からないが、大丈夫だ」

 真っ正面からの、そこにあるのは何かを確かめるかのような眼差しだと思った。
 私は普通に大丈夫だと伝え、もぐもぐしながらフェイを見返す。
 殻を割るのが大変だったが、胡桃ぽい実を炙って食べるのが香ばしい香りが口の中へと広がり、ほくほくした食感もあって小気味良かったのだ。

「分かりました。でしたらアスティエラでは長いのでティエラかアスとお呼びしても?」
「ん、アスの方かな、何となくだがティエラはがらじゃない」

 一瞬、それぞれの短縮形で呼んで来るフェイが脳裏を過り、そう要望を出していた。

「ティエラ嬢と呼ぶのも可愛いくて良いと思ったのですが、冒険者登録をするなら、やっぱりこうなりますかね」
「敬語で改まったフェイに呼ばれているところを想像して、ないなとは思ったな」
「ふふ、では改めまして、宜しくお願い致します、アス」
「こちらこそだな、宜しく頼むフェイ」

 焚き火の炎越しに交える視線に、どちらともなく笑っていた。

 
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