月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

文字の大きさ
上 下
43 / 214
【第一晶 ~新たなる旅立ち~】

37 夜営

しおりを挟む

「あの人と同じ対応になると思いますよ?」
「いや、尾を切り落とすのはさすがにどうかと思うぞ?」
「やっぱりそうでしたか」

 深く頷く様子に、やはり予想の内で、同じ事を考えるらしいとそう思った。

「容赦ないからなフェンは、特に後々フェイにも誘いをかけそうともなれば、本当に遠慮はいらない感じだ」
「尾の数だけ伴侶を持てるなら、なくしてしまえばいい。とてもシンプルです」
「こう言っているからな、ちゃんと手順を踏んで、それなりの覚悟を持って来る事」

 少しだけ張り上げる声に私は告げた。

ーきゅんー

 可愛い鳴き声と揺れる茂み。そして、潜む時とは逆に、分かるように遠ざかって行く気配。

「魔獣化していない普通の狐ですか」
「気配で探らず、魔素での探知に頼りきっていると、足もとを掬われるパターンだな」
「伝言が伝わった後の反応が気になりますね」
「もう伝わっているだろう。動きがないなら、ひとまず様子見、さっき言っていた、勝算を与えない限りは、だな」

 フェイの前へと出て進める歩みに、襲撃がぱたりと止んでいた。
 フェイとの会話を続けながらのここまでの道中、実のところ、それなりの頻度で戦闘をこなしていたのだ。
 会話の片手間で済む程度の相手だったが、相手への見境がない、退く事を知らないような相手が多かった為に、殲滅必至の適当にあしらうと言うような戦いが出来なかった。
 それが、先程のやり取りの直後ぐらいから、本当にただの森林浴を楽しんでいるだけであるかのように歩みを進める事が出来ていた。

「指示系統が行き渡っているんだろうな。露払いっぽい事をしてくれているらしい」
「そうですね、結構強そうな反応もあるのですが、順調に追い払われていっているようです」
「いるだけ、みたいな奴まで追われている感じだと悪いことをしたなと思うんだが」

 進行方向上にある気配が、結構な勢いで離れていっている様子に、中にはこちらに意識すら向けていないようなものもいて、完全に迷惑をかけてしまっている。

「言えば伝わるでしょうか?」
「ん、威圧してみるか?」
「いえ、ひとまず穏便に、・・・お勤めご苦労様です。程々で大丈夫ですので、有り難うございます」

 後半を右方の気配へと向け、フェイは穏やかな声音で告げる。
 きゅん、きゅんと、鳴き声が遠ざかっていく様子と、進行方向の動きが緩やかになった事で、無事にこちらの意図が伝わったらしいと分かった。

「こちらの好感度を上げる作戦でしょうかね?」
「こちらが分かるって分かっててやってるだろうから、好きにさせておけば良いと思うぞ」

 ある程度話しの通じる相手と判断したか、一夫多妻で魅了を使うと聞いた直後よりも、フェイの態度は軟化しているようだった。
 ただ私が狡猾と言ったところもまた覚えているのか、付き合い方を考えているようにも見えた。

「手玉に取れるぐらいの人生経験があれば良かったのですがね」
「うん?」
「いえ、男に何時でも結婚できると思わせ振りな態度で釣るだけつって、上手く転がすのがいい女なのだとお姉様方が言っていたのを思い出しまして」
「・・・フェンは男に限らず、人間の相手は基本上手かったように思うが、と言うか、そう言う事を言うお姉様って、まさか」
「ある程度は必要ですからね」

 客商売を思わせる、友好的で、何処か艶然とした微笑みに、私は色々と察した。つまりは、お店のお姉様方だと。
 お酒を美味しく飲む為のお店か、その先がある場所かは分からないが、フェイの対人スキルにはその手のものも含まれるのかもしれないとそう思った。

「まぁ、フェンに泣かれない程度でな」
「一度に、両手の指でおさまらない相手とな関係を気付いていた事もあるようですから、どうこう言われるものでもないと思うのですが?」
「フェイがここの主をどうこうしようとした理由が行方不明だと思うのだが?」

 色々と驚きだった。
 フェンの行動もそうだが、それを許容しているらしいフェイ。許容していながら、ここの主は駄目だと言う反応の矛盾を思ったのだ。

「言ったと思いますが、本人達が良ければいいんです。フェンのあれも、皆全て承知で仲良くしていたようですから」
「それはそれで凄いと思うのだが?」

 魅了が一番の問題らしい。と言うか、フェンはいったい何をしていたのか、皆仲良く?それは良い事だが、まさしく、魔性の女と言う奴だと私は内心で、結構な混乱状態だった。

「日が暮れきる前に夜営の準備に入りましょうか?」
「ああ、そうだな」

 衝撃を若干引き摺りながらも、促されるままに進み、太い木の根もと辺りで乾いた地面が、それなりの空間を維持している。そんな場所を見付け、夜営地と選んだ。

「食べられる果物とか木の実。狩ったばかりの丸鳥まで、至れり尽くせりです」

 そこに案内してくれたのは、若草色の毛並みをした、中形犬程の大きさのグラスフォックスと言う魔獣だった。
 そして、案内された時には、小山となった果物や木の実。その傍らに、丸々とした鳥が一羽、置いてあったのだ。

猪豚ボア一頭と蜜蜂の巣でいいかな」
「十分だと思いますよ?」

 フェイが火の準備をして引き受けてくれた為に、私は道中で狩った猪豚ボアと、たまたま見付け回収した蜜蜂の巣を、夜営地から少し離れた場所へと置きに行った。
 案内や、戦闘に食事まで、諸々に対するお礼である。

「礼だから、好きに食べてくれ。有り難う」

 告げて立ち去る。背後で幾つか気配が動いていたが、私は振り返らなかった。

「お帰りなさい。香草のお茶ですからどうぞ」

 お礼を伝えながらカップを受け取りお茶飲むと、ほんのり甘い味わいと、取り込んだ熱に少しばかりの疲労感を意識した。 

「そう言えば」
「うん?」

 話しかけられ、上げる視線に、橙色の火を挟んだ向こう側にいるフェイと目があった。

「今更なのかもしれませんが、貴方は誰ですか?」
「・・・うん?」

 傾げてしまう首に、遅れに遅れた反応。
 はかりかねた意味に、私は一先ずもう一口とお茶を飲んでいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

追い出された万能職に新しい人生が始まりました

東堂大稀(旧:To-do)
ファンタジー
「お前、クビな」 その一言で『万能職』の青年ロアは勇者パーティーから追い出された。 『万能職』は冒険者の最底辺職だ。 冒険者ギルドの区分では『万能職』と耳触りのいい呼び方をされているが、めったにそんな呼び方をしてもらえない職業だった。 『雑用係』『運び屋』『なんでも屋』『小間使い』『見習い』。 口汚い者たちなど『寄生虫」と呼んだり、あえて『万能様』と皮肉を効かせて呼んでいた。 要するにパーティーの戦闘以外の仕事をなんでもこなす、雑用専門の最下級職だった。 その底辺職を7年も勤めた彼は、追い出されたことによって新しい人生を始める……。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

処理中です...