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【第一晶 ~新たなる旅立ち~】
37 夜営
しおりを挟む「あの人と同じ対応になると思いますよ?」
「いや、尾を切り落とすのはさすがにどうかと思うぞ?」
「やっぱりそうでしたか」
深く頷く様子に、やはり予想の内で、同じ事を考えるらしいとそう思った。
「容赦ないからなフェンは、特に後々フェイにも誘いをかけそうともなれば、本当に遠慮はいらない感じだ」
「尾の数だけ伴侶を持てるなら、なくしてしまえばいい。とてもシンプルです」
「こう言っているからな、ちゃんと手順を踏んで、それなりの覚悟を持って来る事」
少しだけ張り上げる声に私は告げた。
ーきゅんー
可愛い鳴き声と揺れる茂み。そして、潜む時とは逆に、分かるように遠ざかって行く気配。
「魔獣化していない普通の狐ですか」
「気配で探らず、魔素での探知に頼りきっていると、足もとを掬われるパターンだな」
「伝言が伝わった後の反応が気になりますね」
「もう伝わっているだろう。動きがないなら、ひとまず様子見、さっき言っていた、勝算を与えない限りは、だな」
フェイの前へと出て進める歩みに、襲撃がぱたりと止んでいた。
フェイとの会話を続けながらのここまでの道中、実のところ、それなりの頻度で戦闘をこなしていたのだ。
会話の片手間で済む程度の相手だったが、相手への見境がない、退く事を知らないような相手が多かった為に、殲滅必至の適当にあしらうと言うような戦いが出来なかった。
それが、先程のやり取りの直後ぐらいから、本当にただの森林浴を楽しんでいるだけであるかのように歩みを進める事が出来ていた。
「指示系統が行き渡っているんだろうな。露払いっぽい事をしてくれているらしい」
「そうですね、結構強そうな反応もあるのですが、順調に追い払われていっているようです」
「いるだけ、みたいな奴まで追われている感じだと悪いことをしたなと思うんだが」
進行方向上にある気配が、結構な勢いで離れていっている様子に、中にはこちらに意識すら向けていないようなものもいて、完全に迷惑をかけてしまっている。
「言えば伝わるでしょうか?」
「ん、威圧してみるか?」
「いえ、ひとまず穏便に、・・・お勤めご苦労様です。程々で大丈夫ですので、有り難うございます」
後半を右方の気配へと向け、フェイは穏やかな声音で告げる。
きゅん、きゅんと、鳴き声が遠ざかっていく様子と、進行方向の動きが緩やかになった事で、無事にこちらの意図が伝わったらしいと分かった。
「こちらの好感度を上げる作戦でしょうかね?」
「こちらが分かるって分かっててやってるだろうから、好きにさせておけば良いと思うぞ」
ある程度話しの通じる相手と判断したか、一夫多妻で魅了を使うと聞いた直後よりも、フェイの態度は軟化しているようだった。
ただ私が狡猾と言ったところもまた覚えているのか、付き合い方を考えているようにも見えた。
「手玉に取れるぐらいの人生経験があれば良かったのですがね」
「うん?」
「いえ、男に何時でも結婚できると思わせ振りな態度で釣るだけつって、上手く転がすのがいい女なのだとお姉様方が言っていたのを思い出しまして」
「・・・フェンは男に限らず、人間の相手は基本上手かったように思うが、と言うか、そう言う事を言うお姉様って、まさか」
「ある程度は必要ですからね」
客商売を思わせる、友好的で、何処か艶然とした微笑みに、私は色々と察した。つまりは、そういうお店のお姉様方だと。
お酒を美味しく飲む為のお店か、その先がある場所かは分からないが、フェイの対人スキルにはその手のものも含まれるのかもしれないとそう思った。
「まぁ、フェンに泣かれない程度でな」
「一度に、両手の指でおさまらない相手と友好的な関係を気付いていた事もあるようですから、どうこう言われるものでもないと思うのですが?」
「フェイがここの主をどうこうしようとした理由が行方不明だと思うのだが?」
色々と驚きだった。
フェンの行動もそうだが、それを許容しているらしいフェイ。許容していながら、ここの主は駄目だと言う反応の矛盾を思ったのだ。
「言ったと思いますが、本人達が良ければいいんです。フェンのあれも、皆全て承知で仲良くしていたようですから」
「それはそれで凄いと思うのだが?」
魅了が一番の問題らしい。と言うか、フェンはいったい何をしていたのか、皆仲良く?それは良い事だが、まさしく、魔性の女と言う奴だと私は内心で、結構な混乱状態だった。
「日が暮れきる前に夜営の準備に入りましょうか?」
「ああ、そうだな」
衝撃を若干引き摺りながらも、促されるままに進み、太い木の根もと辺りで乾いた地面が、それなりの空間を維持している。そんな場所を見付け、夜営地と選んだ。
「食べられる果物とか木の実。狩ったばかりの丸鳥まで、至れり尽くせりです」
そこに案内してくれたのは、若草色の毛並みをした、中形犬程の大きさのグラスフォックスと言う魔獣だった。
そして、案内された時には、小山となった果物や木の実。その傍らに、丸々とした鳥が一羽、置いてあったのだ。
「猪豚一頭と蜜蜂の巣でいいかな」
「十分だと思いますよ?」
フェイが火の準備をして引き受けてくれた為に、私は道中で狩った猪豚と、たまたま見付け回収した蜜蜂の巣を、夜営地から少し離れた場所へと置きに行った。
案内や、戦闘に食事まで、諸々に対するお礼である。
「礼だから、好きに食べてくれ。有り難う」
告げて立ち去る。背後で幾つか気配が動いていたが、私は振り返らなかった。
「お帰りなさい。香草のお茶ですからどうぞ」
お礼を伝えながらカップを受け取りお茶飲むと、ほんのり甘い味わいと、取り込んだ熱に少しばかりの疲労感を意識した。
「そう言えば」
「うん?」
話しかけられ、上げる視線に、橙色の火を挟んだ向こう側にいるフェイと目があった。
「今更なのかもしれませんが、貴方は誰ですか?」
「・・・うん?」
傾げてしまう首に、遅れに遅れた反応。
はかりかねた意味に、私は一先ずもう一口とお茶を飲んでいた。
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