月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第一晶 ~新たなる旅立ち~】

32 過去の欠片と歴史の断片

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 見ていたのかとの質問の答えはせてもらったになる。
 “時”と“空”二人がかりの魔法でようやく、を辿る事が叶ったのだ。

「魔素に耐性のない人間は高濃度の魔素に晒されて中毒を起こしていたし、まともな防衛行動を起こす事も出来ないまま蹂躙されて、成す術もなく、だな」
「勇者の旅が段取りを踏んでいないのもそのせいですか」

 考えながらも納得を示すフェイへと、私も同意を返す。

「聖女が勇者を選定し、旅に出る。各地を巡り、脅威の間引きを行いながら、立ち向かうための勢力を調える。だいたい四、五年かけるのが普通だな」
「二年でしたか。歴代最速ですね」

 最後に災禍の顕主と戦うのは勇者だが、そこに到達するまでには、様々な人々の手を借りる必要がある。
 蔓延る魔物達の存在にしても、全てを勇者一人が倒す訳にはいかないのだから、当然国単位で動いて貰う必要があるのだ。

「十五歳なら、最年少も入るんじゃないか?」
「十五、ですか。そんなに若かったんですね勇者クロスフォートは」
「・・・は?」
「え?」

 虚を突かれたように、一瞬反応が出来ず、その後溢れた言葉の欠片に私は目を瞬かせた。
 その私の反応に、フェイもまた予想外を伝えようとするかのように目を見張る様子。
 私の聞き間違いではなく、フェイの言い間違いでもないらしい。だからこそ私には分からなかった。

「勇者?誰が?」
「勇者クロスフォートです。クロスフォート・シングフェルゼン・アレクサンドリート」

 フェイは至って普通にその名前を告げる。
 なのに、その名前を私は知らず、けれど、完全に知らない訳ではないと気付いた。

「シングフェルゼンって言ったら南の王家の血筋の者か?」
「庶子の第二王子でしたね。ああ、確かお家争いを避ける為に自ら神に帰依する道を選んでセイファート神殿にいた筈です。ですからシングフェルゼンは名乗っていなかったのだと思います」
「神殿、クロスフォート・・・」

 おかしいと思った。おかしいが、符合する情報の断片を見付けてもいた。

「勇者は、クロスフォートって奴で、神殿にいた?神殿で騎士をしていて、あそこの王家の血筋なら髪は赤みを帯びた金か?」
「肖像画を見る限りそうですね。因みに、魔王討伐の功績を讃えて、第一王子を押し退け見事、王の座に着き当時の聖女ガウリィルを娶っています」
「クルス、グフェルゼン。剣聖殿・・・」

 私の中では髪の色が決め手だった。
 剣聖殿は、勇者の導き手でありパーティーの年長者として、頼りになる存在だった。やや年齢に開きはあったが、聖女殿との仲も良かったのを覚えている。
 妹のように可愛がっているとは思っていたが、その聖女殿との婚姻。まぁそこはおめでとうと言っておこう。

「神殿にいて、聖女殿とまみえて、勇者の認定を受けた?」
「大規模な魔物の討伐戦があり、その戦場での運命的な出会いだった事になっています」
「そこは、そう言えばそんなのだったと聞いた事があったが、じゃあ勇者、じゃないのか、そうルキフェルあいつはどうなったんだ?」

 寄せる眉根に、記憶からその名前を引っ張り出し聞いてみた。

「ルキフェル・・・もしかして、黒の剣士ですか?」
「黒の剣士って、まぁ確かに黒髪ではあったし、黒系の装備を好んでいたような気もするが、かえって、そのまま過ぎないか?」
「当時の記録者に言って下さい。それで、黒の剣士は確かに勇者の旅に同道した者として伝わっていますが、名前までは伝わっていないです」
「はぁ?」

 疑問しかなかった。
 勇者でない勇者殿は名前すらも後世に残して貰えていないらしい。その逆に剣聖殿は勇者としての栄光に王となり聖女殿と結ばれた、と

「勇者クロスフォートと聖女ガウリィル。聖女のお付きである影の方も名前は残っていませんが、黒の剣士と同じく旅を支え続けたパーティーメンバーの一人として伝えられています。あとパーティーとは少し違うのかもしれませんが、年齢どころか性別すらも不明な賢者様が勇者達の旅を導いたらしいです」

 然り気無く添えられた情報に私は顔を顰めてしまった。
 勇者と聖女殿と侍従殿に剣の使い手。誰が誰かは置いておいて、パーティーの人数と振り分けはなんとなく合っている。賢者云々の称号もまたおいておいても、これはたぶん私の存在が伝わっているのだと予想が出来た。

「てっきり、いなかったものとされているかと思ったんだがな」
「教会と王国の表に出ている記録上は、賢者様は目立つ事を嫌った為に、名前を残す事を良しとせず、魔王の討伐後は、誰にも行き先を告げず旅立ってしまった事になっています」
「間違っていないな」

 思わず感心してしまった。
 勇者達の性格から、悪しき存在として語られる事はないと思っていたが、教会や国の記録が入れば分からなかった。
 勇者と聖女の崇高なる使命の旅路に、魔女の存在等、認められない。だからこそ、存在が消されるぐらいはあるだろうと普通に思っていたのだ。

「存在が眉唾過ぎて、そんな存在はいなかったとされる事もありますよ?」
「それも想定内。そう言う立ち回りをしていた。と言うか、面倒事の気配には極力空気がモットーだ」
「同感です」

 呆れられるかと思えば、同意が返って来て、少しだけ驚いてしまった。

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