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【第一晶 ~新たなる旅立ち~】
31 過去の欠片と小休憩
しおりを挟む「小さいが、ここを抜けてしまえば泉が湧いている筈だから休憩にしよう」
「飲んでも問題ない水ですか?」
「水質が変わってなければな」
私の答えに、それもそうかとフェイは頷いていた。
私が嘗てこの辺りに住んでいたとしても、それは二百年以上も前の事なのだ。ここまでの道中では植生や生き物の生息域等、驚く程に変わっていなかったが、この後もそうだとは限らない。
「先程の話しですけど、常盤の魔女と、地祇の魔女は二百年程前から、度々北の大陸に渡っていたようです」
「顕主討伐後の経過を見にと言うのもあっただろうが、イルミンスールの後継を探しにいったんだろうな。ここの大陸にユグドラシルがあるように、北にはイルミンスールがあった。魔素の循環の要の樹だ」
「枯れたと言いましたが、いえ、間違いがないのでしょうね藍晶の魔女。今代の“水”も北を心配していました」
確認をしようとして、その必要はないのだと自分に言い聞かせるように、そうしたくなる程に衝撃的だったのだろう。
「向こうの大陸にいた魔女達が、枯渇して行く魔素に異常を感じて、でも推移が早すぎて後手どころか手遅れになったんだろうな」
「イルミンスールは枯れて、世界は循環を維持する為に足りない魔素を・・・まさか」
潜める眉に、フェイの顔が強張る。行き着いた考えを否定したいのか、緩やかに首を横へと振り、けれど、恐らくその考えは正しいのだと私はフェイを見た。
「イルミンスールがあった場所から世界に穴があいたんだ」
「世界の穴」
「枯渇する魔素を補填しようとして、樹には負荷がかかり続けた。歪んだ大地には樹を引き裂いて穴があき、その穴の先には確かに魔素が満ちていた」
穴の先がどうなっていて、何処に繋がっていたのかは分からないが、それでもあいた穴の向こうには確かに世界が欲して止まなかった魔素が満ちていたのだ。
「魔素もまた、濃い場所から薄い場所へと流れ出る性質がありますよね?」
「そう、あいたと同時に、穴から一気にこちら側へと魔素は流れ込み、それだけで魔獣の大量発生に繋がるのに、最悪だったのはその魔素が澱んでいた事だ」
「魔獣の魔物化。違いますね、それだけで済まなかった・・・災禍の顕主の誕生ですか」
「当時の北には“雷”の他に、“火”と“氷”、“闇”がいて、“風”と“水”も途中で渡っていった。結果は“水”以外の全滅、惨憺たる有り様だった」
聞こえた水音に、目的の場所には先客がいたらしく、私達の姿を見る前に気配は遠ざかっていった。
「普通の動物だったな」
「貴方は見ていたのですか?」
木々の間を抜けると、久しぶりにまともに日差しを浴び、私は目を細める事で、反射的に目から入る光の量を調整する。
そう広くない泉は澄んだ水を湛え、射し込む光に深沈とした空気で満たされていた。
泉を汚さない為の暗黙の了解があるのか、はたまた“底に眠るモノ”を無闇に刺激しない為にか、ここでの争いはどんな生き物でも御法度なのだ。
それ故の静寂は今なお変わっていなかったらしいと、フェイの問い掛けの事もあり私は少しだけ感傷的になった。
「私は勇者達との旅に出る四年前には常盤の魔女のもとを離れていて、もっとずっと中央に近いところを住み家にしていた。完全に隠遁していたと言うべきか、まぁ引きこもっていた訳で、異常にも無頓着だった」
無頓着。そう気付いてはいて、けれど気にしていなかった。
かなりアレな山奥に一人で住んでいて、ふと気が付いた時には数年経っていた当時。
恐らく勇者が訪ねてこなければ、大陸が沈んでいようとも、そのまま関わらなかっただろうとそう思った。
「貴方を追って、片翼の気配を辿れるようになるまでは、最初はそちらの住まいへと伺っていました」
「・・・自分で言うのもアレだが、かなりの場所に住んでいたと思うのだが、行ったのか?」
「一度目は辿り着くことも出来ず、二度目は結界障壁に阻まれ、三度目にようやく玲瓏の君にお会いして、戻っていないと教えていただきました」
あそこを見付けた勇者も大概だと思ったが、フェイがそこを三度も訪ねているとは思わなかった。
ここの大陸の中央部には樹海が広がっており、その中央からやや北東よりには、黒い竜が住む霊峰が続く。その一区画に私は住んでいたのだが、樹海や霊峰と言う言葉からある程度予測出来るのではないかと思うのだが、道中はかなり過酷な道行きになるのだ。
「玲瓏の君か懐かしいな」
「たまには顔を見せるようにと伝言をお預り致しましたよ」
「はは、じいは強面なのに、なかなか寂しがりやだからな」
「霊峰の竜をじいと呼ぶ貴方が信じられません」
本当に信じられないと言う顔をされてしまったが心外だった。
「隣人になるのだからと家を建てるのにも協力してくれたし、一緒に星を見に行ったり、百年に一度しか実をつけないって言う樹を探しにいったり、その実をめぐってちょっと喧嘩になったり、大人気ないところもあるが良い奴だぞ?」
「親しいと言うのは感じていましたが、その住まいを守っておいででしたよ。貴方を案じていましたし、仲が良いのでしたら、是非会いに行ってあげて下さい」
フェイもまた絆を結んだのか、それは心からの言葉だと分かった。
霊峰の主たる相手を畏れながらも案じているのだと。
「飲めそうだし、汲んでいくか」
シチューを容れていた水筒を濯ぎ、そこに泉の水を汲む。
水中に差し入れる指に心地好い冷たさを感じながら補給を終えると、フェイもまた同じように水を汲んでいる姿が目に入った。
「北の大陸については、“時”と“空”の魔女に視て貰った。余りにも状況の推移が早すぎて、事態の把握が出来ていなかったからな」
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