37 / 214
【第一晶 ~新たなる旅立ち~】
31 過去の欠片と小休憩
しおりを挟む「小さいが、ここを抜けてしまえば泉が湧いている筈だから休憩にしよう」
「飲んでも問題ない水ですか?」
「水質が変わってなければな」
私の答えに、それもそうかとフェイは頷いていた。
私が嘗てこの辺りに住んでいたとしても、それは二百年以上も前の事なのだ。ここまでの道中では植生や生き物の生息域等、驚く程に変わっていなかったが、この後もそうだとは限らない。
「先程の話しですけど、常盤の魔女と、地祇の魔女は二百年程前から、度々北の大陸に渡っていたようです」
「顕主討伐後の経過を見にと言うのもあっただろうが、イルミンスールの後継を探しにいったんだろうな。ここの大陸にユグドラシルがあるように、北にはイルミンスールがあった。魔素の循環の要の樹だ」
「枯れたと言いましたが、いえ、間違いがないのでしょうね藍晶の魔女。今代の“水”も北を心配していました」
確認をしようとして、その必要はないのだと自分に言い聞かせるように、そうしたくなる程に衝撃的だったのだろう。
「向こうの大陸にいた魔女達が、枯渇して行く魔素に異常を感じて、でも推移が早すぎて後手どころか手遅れになったんだろうな」
「イルミンスールは枯れて、世界は循環を維持する為に足りない魔素を・・・まさか」
潜める眉に、フェイの顔が強張る。行き着いた考えを否定したいのか、緩やかに首を横へと振り、けれど、恐らくその考えは正しいのだと私はフェイを見た。
「イルミンスールがあった場所から世界に穴があいたんだ」
「世界の穴」
「枯渇する魔素を補填しようとして、樹には負荷がかかり続けた。歪んだ大地には樹を引き裂いて穴があき、その穴の先には確かに魔素が満ちていた」
穴の先がどうなっていて、何処に繋がっていたのかは分からないが、それでもあいた穴の向こうには確かに世界が欲して止まなかった魔素が満ちていたのだ。
「魔素もまた、濃い場所から薄い場所へと流れ出る性質がありますよね?」
「そう、あいたと同時に、穴から一気にこちら側へと魔素は流れ込み、それだけで魔獣の大量発生に繋がるのに、最悪だったのはその魔素が澱んでいた事だ」
「魔獣の魔物化。違いますね、それだけで済まなかった・・・災禍の顕主の誕生ですか」
「当時の北には“雷”の他に、“火”と“氷”、“闇”がいて、“風”と“水”も途中で渡っていった。結果は“水”以外の全滅、惨憺たる有り様だった」
聞こえた水音に、目的の場所には先客がいたらしく、私達の姿を見る前に気配は遠ざかっていった。
「普通の動物だったな」
「貴方は見ていたのですか?」
木々の間を抜けると、久しぶりにまともに日差しを浴び、私は目を細める事で、反射的に目から入る光の量を調整する。
そう広くない泉は澄んだ水を湛え、射し込む光に深沈とした空気で満たされていた。
泉を汚さない為の暗黙の了解があるのか、はたまた“底に眠るモノ”を無闇に刺激しない為にか、ここでの争いはどんな生き物でも御法度なのだ。
それ故の静寂は今なお変わっていなかったらしいと、フェイの問い掛けの事もあり私は少しだけ感傷的になった。
「私は勇者達との旅に出る四年前には常盤の魔女のもとを離れていて、もっとずっと中央に近いところを住み家にしていた。完全に隠遁していたと言うべきか、まぁ引きこもっていた訳で、異常にも無頓着だった」
無頓着。そう気付いてはいて、けれど気にしていなかった。
かなりアレな山奥に一人で住んでいて、ふと気が付いた時には数年経っていた当時。
恐らく勇者が訪ねてこなければ、大陸が沈んでいようとも、そのまま関わらなかっただろうとそう思った。
「貴方を追って、片翼の気配を辿れるようになるまでは、最初はそちらの住まいへと伺っていました」
「・・・自分で言うのもアレだが、かなりの場所に住んでいたと思うのだが、行ったのか?」
「一度目は辿り着くことも出来ず、二度目は結界障壁に阻まれ、三度目にようやく玲瓏の君にお会いして、戻っていないと教えていただきました」
あそこを見付けた勇者も大概だと思ったが、フェイがそこを三度も訪ねているとは思わなかった。
ここの大陸の中央部には樹海が広がっており、その中央からやや北東よりには、黒い竜が住む霊峰が続く。その一区画に私は住んでいたのだが、樹海や霊峰と言う言葉からある程度予測出来るのではないかと思うのだが、道中はかなり過酷な道行きになるのだ。
「玲瓏の君か懐かしいな」
「たまには顔を見せるようにと伝言をお預り致しましたよ」
「はは、じいは強面なのに、なかなか寂しがりやだからな」
「霊峰の竜をじいと呼ぶ貴方が信じられません」
本当に信じられないと言う顔をされてしまったが心外だった。
「隣人になるのだからと家を建てるのにも協力してくれたし、一緒に星を見に行ったり、百年に一度しか実をつけないって言う樹を探しにいったり、その実をめぐってちょっと喧嘩になったり、大人気ないところもあるが良い奴だぞ?」
「親しいと言うのは感じていましたが、その住まいを守っておいででしたよ。貴方を案じていましたし、仲が良いのでしたら、是非会いに行ってあげて下さい」
フェイもまた絆を結んだのか、それは心からの言葉だと分かった。
霊峰の主たる相手を畏れながらも案じているのだと。
「飲めそうだし、汲んでいくか」
シチューを容れていた水筒を濯ぎ、そこに泉の水を汲む。
水中に差し入れる指に心地好い冷たさを感じながら補給を終えると、フェイもまた同じように水を汲んでいる姿が目に入った。
「北の大陸については、“時”と“空”の魔女に視て貰った。余りにも状況の推移が早すぎて、事態の把握が出来ていなかったからな」
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説


我が家に子犬がやって来た!
もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。
アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。
だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。
この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。
※全102話で完結済。
★『小説家になろう』でも読めます★

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。


王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
元Sランクパーティーのサポーターは引退後に英雄学園の講師に就職した。〜教え子達は見た目は美少女だが、能力は残念な子達だった。〜
アノマロカリス
ファンタジー
主人公のテルパは、Sランク冒険者パーティーの有能なサポーターだった。
だが、そんな彼は…?
Sランクパーティーから役立たずとして追い出された…訳ではなく、災害級の魔獣にパーティーが挑み…
パーティーの半数に多大なる被害が出て、活動が出来なくなった。
その後パーティーリーダーが解散を言い渡し、メンバー達はそれぞれの道を進む事になった。
テルパは有能なサポーターで、中級までの攻撃魔法や回復魔法に補助魔法が使えていた。
いざという時の為に攻撃する手段も兼ね揃えていた。
そんな有能なテルパなら、他の冒険者から引っ張りだこになるかと思いきや?
ギルドマスターからの依頼で、魔王を討伐する為の養成学園の新人講師に選ばれたのだった。
そんなテルパの受け持つ生徒達だが…?
サポーターという仕事を馬鹿にして舐め切っていた。
態度やプライドばかり高くて、手に余る5人のアブノーマルな女の子達だった。
テルパは果たして、教え子達と打ち解けてから、立派に育つのだろうか?
【題名通りの女の子達は、第二章から登場します。】
今回もHOTランキングは、最高6位でした。
皆様、有り難う御座います。


五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる