月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第一晶 ~新たなる旅立ち~】

30 過去の欠片と迷い蛾

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蕾華らいかの魔女か、挑むのは構わないが、完成形を何処に持っていくかと、満足する場所が問題だな」

 考えながらも伝える。
 私は蕾華らいかの魔女と面識がない為に、色々と判断がつかないのだ。

「完成形は分かりませんが、作ったものを無闇に広めるタイプではないです」
「なら安心か?」
「いえ、意図して広めなくても、身近な人間には大いに自慢するでしょうし、パトロンがいる可能性もありますから」

 何を持って完成とし、どうなれば満足なのか、それは人によるだろう。
 作って終わりなのか、世間から認められたいのか、自分で活用したいだけなのか、それは当人にしか分からない。そして、そこに出資者パトロンの意思が加わってくると更に混迷を深めるのだ。

「北の技術そのままは困る。せめて、あと二世代上の技術まで持っていってもらわないと、恐らく世界に背かれる」
「そこまでの事になってしまうのですか?」
「言ったろ、常盤ときわ地祇ちぎの魔女が許容しなかったと」
「空気中の魔素を直接人が使用できるエネルギーに変えるのですよね?」

 魔素は、酸素や窒素等の気体と同じように空気中を漂っている。けれど、普通の人間にはそれをそのまま扱う事が出来ない。
 凝縮され、結晶化したものならば使えるのだが、目に見る事すらも出来ない薄い状態では、それこそ、ないのと同じだったのだ。

「エリー、エレクトリカが言っていたが、あれは魔素を消費する」
「エレクトリカ・・・?」

 考える風なフェイの様子に、フェイならこのまま放っておいても答えに辿り着くだろうと思ったが、一先ず情報の共有を優先させておこうと思った。

「エレクトリカは鳴架めいかの魔女。今がいるなら先代の“雷”で、稀代の発明家、盲目の見識者から概念の破壊者、狂気の賭博師とか色々と言われていて、帝国の皇女殿下でもあったな」
「魔女は長命な分、自由に生きられるだけの名前を持ちますが、肩書きが多い方も結構いますよね」

 最初に思うのはそれらしい。
 人の世界で生きるなら、個を特定される事がないように、居場所を変えて、名前を変える。しがらみに捕らわれない為に、それが一番手っ取り早いのだ。

「魔女は自由に生きた結界、色々とやらかすからな」
「成る程」

 何を思ったのか、同意をするフェイの表情が一瞬消えた。
 何か思い当たる事があったのだと思うが、聞かないでおこうと思った。そう言う雰囲気があったのだ。

「名前を付けて、だと認識する事でようやく受け入れられる事もある」
「そうですね」
「それで、鳴架めいかの魔女は、増え過ぎた魔物に帝国が蹂躙されて、滅びを迎える最中に集積魔洸炉を無茶苦茶爆発させた」
「は?」
「北の大陸の三分の一、当時の帝国の領土全てを更地にしたんだ、自分もろともな」
「何が、どうして・・・」

 さすがのフェイも混乱するのかもしれなかった。

 勇者達とともに北の大陸へ渡った時、そこはもう、ほぼ死の大陸となっていた。人類どころか、生き物と言う生き物を、生み育む事のない大地。海岸沿いにこそ多少の緑が残っていたが、その有り様は大陸に隣接する海にまで及ぼうとしていたのだ。

「集積魔洸炉は魔素を集め、魔素を消費する事で、人の扱えるエネルギーに変える。問題だったのは、それが変質と消失だった事」
「・・・それは、循環から外れると言う事ですか?」
「やはり理解が早いな」

 答えを導くどころか、それが意味する事までもフェイは考えてみせるのだ。

「まぁ、つまりそうらしい、魔法も、魔法道具も、魔素を操り行使する力だが、その力は新たな、世界への循環に繋がる」
「風を呼べば種を運び、雲を呼んで、雨を降らせる事で、新たな場所で新たな命を育みますから、“次”に繋がり続けます」
「消費されるだけの魔素、失われ、枯渇し、だからイルミンスールが枯れた」

 話しをだいぶ飛ばしたが、愕然としたフェイの表情は理解している事を伝えていた。

「それで、常盤ときわの魔女と地祇ちぎの魔女が・・・」
「迷い蛾の生息域に入る。まだ昼前で大人しいが気を付けて」
「はい」

 短い返事にフェイが何かを考え込んだままなのは分かったが、一応の注意はしたので大丈夫だろうと思う事にした。

 捻れ、絡み合う木々が増え、森が鬱蒼とした様相に変わり始めている。
 湿り気と、通気性を欠いたが為の菌糸が繁殖している臭気を嗅ぎとり、私は素早く視線を走らせた。

「そんなにはいないが、いるにはいるな」

 大きめな葉の裏側。樹皮の隙間。重なりあう枝葉の間。明確にその姿が見えている訳ではないが、犇めく影に気付き、息を呑む。

「あれは、貴方の言うとおり正午に入るまでは大人しいです。このまま通り抜けてしまいましょう」

 促すフェイが私の前に歩み出て、先導するように木々の隙間を抜けて行く。
 躊躇いのない歩みは、知っていると言うよりも、慣れているといった様子で、私は素直に後へと続く事にした。

 迷い蛾は手の平に乗る程の大きさで、裾の開いた二等辺三角形のようなフォルムをしている。
 青紫色の翅に灰茶色で波打つような模様が描かれおり、飛ぶ姿で見るものを幻惑し、振り撒く燐分を吸わせる事によって昏睡させる。
 そうして獲物となった生き物に、生きたまま卵を産み付け苗床とするのだ。
 歩く先で、木の陰等に時折見える、獲物となった生き物の成れの果て、そこには迷い蛾がいるところに生える茸の菌糸が張り巡らされ、生えたその茸の胞子を、成虫の迷い蛾は餌とする。

「まぁ、下手な獣に貪られるより、眠っている内にって言うのは幸せなのかもな」

 どうせ死ぬなら、猛獣に食い漁られるよりも、楽に死にたいだろう。

「迷い蛾は、深層意識に働きかけて望む夢を見せてくれるらしいです」
「そう言えば、眠っても、目覚める事が出来て、尚且つ、その夢の記憶を持ち帰る事が出来たら、本当に幸せになれるとか言う話しもあるらしいな」
「試してみますか?」
「何か、色々な場面を見たが、いまいち、意味が分からなかったんだよな」

 その私の何気ない発言を聞いて、そして瞬時に意味を理解したのだろう。徐に振り返るフェイの物言いたげな表情に、けれど結局は呆れ、諦めたような溜め息をこれ見よがしについて、それだけだった。
 
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