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【第一晶 ~新たなる旅立ち~】
27 白い雛芥子
しおりを挟む「せっかく咲いて貰ったのに、仕方がないな」
カイの言葉とともに、雛芥子の花の花弁が一斉に散り、吹き抜ける風がその花弁を森の奥へと拐っていった。
「眠りも、忘却も今は必要ないからな」
「白い雛芥子が導くのは眠り、そして、齎すのは忘却。常盤の魔女の魔法だが、覚えていたんだな」
「まぁ見ていたからな、使われる瞬間を」
植物を司としているだけあり、常盤の魔女は、草花や樹木を魔法の媒体として使う事が多かった。
そして、白い雛芥子を使う時、それが眠りと忘却の魔法なのだ。
「抵抗されて効果が出ないどころか、余波でマトゥヤの魔法が掻き消されて色々と大変だったからな。あの時は私も走り回った」
「それはすまなかった」
謝りながらも薄く笑う。
手間をかけたのだからと謝る思いは本当で、けれど、私自身が納得していなかったのだから抗うのもまた仕方がないと思っていた。
「次は上手くやる。相殺も仕上げたし、反射でも行けるようにした」
と、結論はこうなる。
抗いはするが、その結果は相手の自己責任内に留めて、周囲を捲き込まないように、である。
会話から分かる通り、私は嘗て、常盤の魔女に記憶を消されかけた事があった。
実際には消してしまう程強力ではなく、何時か思い出してしまう可能性がある程度のものと言っていたが、他者の記憶に干渉する高度で危険な魔法である事に変わりはない。
ここに来る前にいた場所で色々とあった幼い私が、普通に生きて行く事が出来るようにとの措置だったらしいのだが、当時の私は物凄く抵抗したらしい。
そうして、行使される魔法と、受け入れられない私の抵抗で、この辺り一帯にかかっていた常盤の魔女の守りの魔法が吹き飛び、私の記憶の一部が混濁した。
その辺りが、今現在、他人事のように、その時を振り返る事が出来ている原因でもあるのだが、あの後にそのまま昏倒してしまった私とマトゥヤに代わり、カイはかなり奔走する事になったらしいのだ。
「記憶はたぶん飛んでいない。でも、何処かで感情と結び付けられずにいるんだろうな」
「結果的に良かったと私は思っているからな。使われていた記憶なんてない方がいい、これは本気でそう思ってる。でも必要だと思うのなら、無理に忘れさせるのもどうかとも思う」
「その辺りの判断を自分でつけられるようになるまでと言う感じだろうな。あの時分の事はもとから曖昧で、それでも、俯瞰しているみたいな視点でも腹が立つからな、心がともなっていないのは、誰にとっても幸いだ」
自分の記憶。その内容には自分で言うのも中々に凄惨なものがあり、それに関わった者達を片っ端から殴りに行きたい。それぐらいに苛烈な思いを抱き、けれど、一方でその程度にしか思っていない。
そもそもが殴りに行きたい。と言いつつも実際には殴っていないのだ。何かの折に触れ殴るのはありだが、実際に探しに行ってまで殴る価値を考えてしまうと、面倒だとその言葉が出てしまう。
私は殴る手間をかけずに済み、関係者は殴られずに済み、カイやマトゥヤには私が動く事への心労をかけずに済む。だからこその、誰にとってもの幸いなのだった。
「さてな、明日出発する気があるなら、もう眠った方がいい」
「許可が出たって事で良いんだな?」
「許可もなにも、私が本当の意味で行動を制限した事なんてなかったろ?」
「そうだったか?」
結構色々と止められて、ついでに怒られていた気がした。
そんな事を考えた私を、カイは笑顔で見ていて、これは駄目な奴だと察するも手遅れだった。
「うん・・・だいたい、まずは、無茶苦茶を無茶苦茶と判断する基準が壊れていると自覚するんだ!倒れなければセーフ、命が残れば問題ないとかおかしいからな!」
まずは深呼吸。それからも具体的な事は言わない。恐らくそれは、カイの視点からすれば、それこそ何時もの事だからなのだろう。
始まってしまった説教に、私は気が付けば怒れるカイを前にして、屋外で正座をしていると言う状態だった。
「自分をぎりぎりまで使って、それで目的を達成出来た上で、なお死なないなら・・・はい、何でもございません」
思わず口をついて出てしまった言葉に、鋭さを増したカイの眼差し。私は平伏する程の勢いで謝罪を口にしていた。
「・・・自分の命を軽く扱っている訳ではないと知っている」
溜め息混じりに告げられる言葉へと窺うように顔を上げる。
「私は目的も、根もとにある願いも知らないままだ。だから、どうあっても出遅れる」
カイの表情が顰められ、けれど、それは悲しみや、苦しみ、焦りや、悔しさと言ったそれらの感情がない交ぜになり過ぎて、上手く表に出て来なかったが為の表情だと、私には分かった。
「次、あんな形で帰ってきたら、抵抗なんかさせない」
その言葉に、カイの手の中に一本だけ残っていた雛芥子の花が揺れていた。
心配をされているのだと分かった。
本気なのだと伝わって来た。
心配されるような事をしたのだと、それで、カイが望まない事をさせる可能性があるのだと・・・けれど、だからこそ私には分からなかった。
一応の納得は出来て、そう考えてしまうであろう事を予想は出来て、なのに何処まで行っても私には、私がそれ程に想われる事が理解出来ていなかったのだ。
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