月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第一晶 ~新たなる旅立ち~】

26 月代の魔女

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 あれからフェイと一緒に追加で香草ハーブを摘みに行ったり、久しぶりにカイとキッチンスペースに入って料理をしたり、二人ともから、たわいもない話題をふられたりと、夕飯までを賑やかに過ごした。

「何か妙に絡んで来ていたが何だったんだ?」

 そして今、コテージ前の開けた場所で、私は一人首を傾げている。
 夕飯の片付けを終え、入浴まで済ませ、何故かその間にも常に二人の内のどちらかが付き添っていた訳で、やはり意味が分からなかったのだが、特に邪魔になるとか、鬱陶しい等と言う訳では勿論なく、ただ不思議だった。

 後々教えて貰った話しによると、あの時の私は自覚していていなかったのだが、疎外感と、そう呟いた時の声音の空虚さ、そして振り返ったカイとフェイが目にした、寂しげで、なのに何処までも優しいそんな表情に、危うさを感じたらしいのだ。


「ここにいると、季節感が曖昧で駄目だな」

 後は寝るだけといったそんなタイミングに、ふと思い立って、私は外へと出て来た。

 視線を上に向けた時に、木々が枝の先すらも視界に入らない場所にまで移動して、歩みを止めると空を仰ぐ。
 森の中にある開けた空間。ここは三日前には星降りの花が幾つも咲いていた場所だったのだが、繁る柔らかな草々の中で、今はその痕跡すらも残されてはいないようだった。

「薄いが雲が多いな、朧月夜ってところか」

 空にかかった雲が、その向こうに在る月の光の大半を遮ってしまい、薄ぼんやりとした輪郭を見せていた。
 星は見えず、そんな夜に、星降りの花が咲く事はないのだ。

「常盤の森は常若の森。その領域においての時の流れは緩やかで、季節的にはずっと春に近く、生き物は飢えや渇き、寒さ等に命を脅かされる事のない平穏を謳歌する」
「それでは駄目なんだ、だから私はあの時も今回もここから旅立つ選択をする」

 背後に佇む気配を感じながら、そちらを振り返る事なく私は答えた。

「ここなら、世界が終わるその時まで穏やかで、変わらない時を享受できるのに?」
「ここが好きだよカイ、目が覚めてまだ数日程度だけれど、たぶん、今、星降りの花の花弁を浮かべた水を飲んでも殆ど甘く感じないと思う」

 目が覚めた時に言われた、心が怪我をしていると言う事。
 物凄く甘く感じた星降りの花の花弁を浮かべた水だったが、恐らく自分で言った通り今はもうあまり甘く感じないだろう。
 でも、それは怪我が治ったからではないのだ。

「怪我は怪我のまま、その感覚だけを鈍化させて、別の甘味でごまかそうとしているだけ」
「甘味は甘味だ、このままここにいれば、それでも忘れていられるだろう?」
「そうかもしれないが、いや、やっぱり無理だな」

 淡く笑みを浮かべて苦笑する。
 忘れたふりは出来ても、本当に忘れる事は出来ない。
 忘れる努力は出来ても、そもそもの“原因”が自分自身にあると知っているだけに、見ないふりをし続ける事は不可能なのだ。

「望むならと、思ったが、行くのか?」

 その言葉に私は振り返ると、そこに佇むカイを見た。
 
 青みを帯びた光を仄かに纏う銀糸の髪が僅かに流れて揺れる。その下で硬質的な光を宿した常緑の瞳が私を見ていた。
 そしてそのカイの足もとには、先程まではなかった筈の数輪の白い花が咲き揺れている。

「白い雛芥子パパヴェア・・・」

 光を透かす程の薄い花弁。それぞれの細い茎の先に一輪だけで花は咲いていた。

 私が見ているものに気が付いたのか、カイは手を伸ばすと足もとの白い雛芥子パパヴェアを一輪摘み取った。
 茎を指先で摘まむようにしてカイが持つそれは、本来なら中心部分は黄色みを帯びた花だった筈だが、多少の濃淡の違いはあってもその花の部分全てが白色をしていた。

「うん?」

 傾げる小首に、耳につけたカフスの淡い金色が煌めき、月の女神もかくやと思わせる綺麗な笑みで笑って、カイは摘み取った雛芥子パパヴェアの花を差し出して来る。
 幻惑するような、魅入られずにはいられなくなるような、そんな微笑み。
 向けられた笑みに私は・・・

「ふ、はは」

 吹き出すように笑ってしまった。
 途端に憮然とした表情になるカイ。それは失望か落胆か、何処かで分かっていたかのように、それでも呆然と目を瞬かせていた。

月代つきしろの魔女」
「なっ!?」

 笑みのままに告げてみれば、今度こそカイの双眸は見開かれ、言葉もないまま口を開閉させていた。

白虹はっこうの聖女の方か?」
「そっちは断固拒否した!いや、何で知って」

 唖然とし狼狽えるカイには、先程までの幻想的で、神秘的とすら思えた魅惑の雰囲気は欠片も存在してはいなかった。

「発起人その三だからだな。因みに発案はマトゥヤで、原案がフェン。私は衣装やら雰囲気やらと名付けもそうで、とにかく三人で盛り上がったな、あの時は」

 カイが愕然と膝を付く。私が目を覚まして、人の姿で顔を合わせた当初から、カイは一枚布からなる聖職者のような衣を纏っていて、先程までは、その衣の効果もあり、より幻想的な雰囲気を醸し出していたのだが、今はもう見る影もない程に打ちひしがれていた。

 月代つきしろの魔女。魔女を騙らせ、魔女を狙う者達を釣り上げる、と言う大義名分のもと考案された、カイ美女化計画。
 本来ならもっと、髪飾りやらブレスレットやネックレスやらと小物があった筈で、メイクもそれなりのものの筈だったのだが、カイの抵抗があったのか、準備していないだけか、今回は衣装と雰囲気だけだった。
 だが、それでもこのレベルだったのだ。耳のカフスを何時かの為にと購入してしまっておいたイヤリングに変えて、諸々のフル装備だったら間違いなく女神さながらとなった事だろうと思うと酷く惜しかった。

 そんなカイへと、今のうちとばかりに私は自らの意思を伝えておく事にした。

「カイ、明日の朝、北の教会へと向けて出発する。障りがなければ、一応一度は戻って来る予定だ」

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