月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第一晶 ~新たなる旅立ち~】

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「張り巡らせてあるみちを使わなければ、ここまで丸二日は移動に費やしないと辿り着くのは無理だ。覚えていないのか?」
「そんなにかかったか?と思ったのはそうだな、だが、途中に危険種の縄張りや、有毒の茨やらがあって、地味に嫌らしい感じだったのは覚えているな」

 そう答えると、カイと二人で意味ありげに笑いあった。
 隠す事なく言ってしまえば、カイと私で、意図したものも意図していなかったものも含め色々とやらかしたのだ。
 それはもう、常盤ときわの魔女に本気の拳骨を貰うレベルで。
 やらかした内容にまでは触れないが、広い森の各所でやらかす、その時に便利だったのがカイの言うみちだった。
 森には、森のことわりと法則に則った特殊なみちと言うものが存在する。
 在ると知らなければ気付く事はなく、偶然のようにも迂闊に踏み込めば、何処に出るか分からないどころか、何処かに辿り着くかも分からない。
 散々迷わされた揚げ句、何処とも知れない場所で力尽きる事も珍しくない。そんなみちが、この森の至るところに通っていた。

「効かないだろうが、幻惑や催眠、麻痺なんかの花粉を出す花も選り取りみどりだ」
「危険種のいる森で麻痺とか抗い難い睡眠。なかなか手堅いのかもしれないが、毒の茨があるなら、いっそヒュドラに住んで貰うのはどうだ?」
「私の休息場の泉を毒の沼にするつもりか!」

 目を剥くと言う表現がぴったりなカイの唖然とした反応にも、私は至って真面目だった。

 ヒュドラは一つの胴から九つの首を生やした猛毒の蛇であり、本体である首以外を切断すると、そこから更に二本の首が生えてくると言う不思議な生体を持っている。
 そしてヒュドラの呼気にすら猛毒が含まれており、普通の人間では、その呼気を吸っただけで死に至る程なのだ。

「いるだけで貴重な毒を生成してくれる蛇だぞ?不死に近い存在だし、危ない冒険者達の対策に良くないか?」
「良くないから本気で検討するんじゃない!」
「まぁ、魔獣を手当たり次第にゾンビにされるのは不快指数が上がりそうだな、あいつ等の腐臭はかなり凶悪だ」
「要検討でもなく、駄目なものは駄目だからな、連れてくるなよ」

 カイが必死で念を押して来る。
 さすがにここまで嫌がられれば、私も諦めざるを得ないだろう。

 ヒュドラは腐肉を食らう。
 ヒュドラの毒は死に至らしめた生き物をゾンビに変え、そのゾンビが別の生き物へと襲い掛かる事で、ヒュドラの毒は更に広がり、ヒュドラの食べる腐肉もまた増える。
 嘗て一体の魔物化したヒュドラが原因で、一国が滅びたと言う史実が残されているぐらいなのだ。

「まぁ気が変わったら言ってくれ、普通は古代の遺跡の深層ぐらいしかいないが、たぶん伝手つてがあるからな」

 その言葉に愕然とするカイの反応が可笑しかったが、笑うと絶対に怒られる雰囲気なので、ここは話題を変えるべきかと思案する。

「伝手?伝手ぇッ?」

 声が裏返り、驚愕に見開かれるカイの目。
 どうにも手遅れになったっぽいと思った。

「そうだ、カイ、私の唯一って分かるか?」

 若干の早口になってしまったが、その疑問は、カイの反応からの誤魔化し等ではなく、本当に私の中にあったものだった。

「は、ん・・・唯一?」

 ぎりぎりで、引き戻せた感があるが、一先ずは良しとしよう。
 瞬かせる目に、人の姿になりながらカイは首を傾げていた。

「いや、夢で遭遇した時に、非時ときじくの魔女もフェンの奴も、私にがいるみたく話していてな?」
「その二人がか?」
「最初はキティの事かと思ったし、カイも唯一って言えばそうなんだが、でも、たぶん何かが違う感じでな」

 私自身にも何がどう違うのかが分からないその曖昧さが、何故か酷くもどかしかった。
 キティは私の繋がりチェインであり、カイは私を妹で養い子と言ってくれる唯一の存在。間違いではなく、なのに何かが違っているとそう思ってしまうのだ。

非時ときじくの魔女は分からないが、翡翼ひよくの魔女がその言葉を使ったのなら、それこそ唯一無二、絶対的な相手と言う意味合いだろうが、いるのか?」
「絶対的・・・?やっぱり分からないな。気のせいなのか、思い違いをされているのか・・・」

 考えてみても思い当たる先がなく、俯くようにして記憶を浚い考え込むが分からないまま。
 私は自身の記憶と想いを辿り、意識を向けていた為に気付かなかったのだ。その時にカイが浮かべていた、何かを思い詰めたような、それでいて、何処か真剣さを含んだ悲しげな表情に。

「唯一と言われて、考えないといけないぐらい思い付く先がないのなら、本当にいないと言う事でしょう」
「それで良いのか?」
「良いも悪いも、思い至るところがないのなら、どこまでもそうでしかなくて、深く考えても意味がない。もしも本当に“誰か”か“何か”がいたとして、本当に仮に何等かの影響でその記憶を失ってしまうような事があったとしても、心が反応しない何て事はないのですから」

 何時から聞いていたのか、戻って来ていたフェイが背後から歩み寄る緩やかな動作に、そう話しを締め括った。

「心か、女神カルディアの領域だな。心のままに在れ、心の成すべきを知り、信じなさい。だったか」

 そうか、心か・・・と、私は心の中でだけで呟き、自分がもどかしいと感じ、違うとまで思った心の行き先を考えていた。
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