月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

文字の大きさ
上 下
28 / 214
【第一晶 ~新たなる旅立ち~】

22 リハビリテーション3

しおりを挟む

 上下・左右・奥行きといった方向に限りなく広がる世界。不変と言う概念すらも司る事のある魔女がいる。
 それが、今代においては空理うつりの魔女と名乗っていたのだろう。

「正確には遺作と言って良いのか不明ですが、自身の空間に引き込もって、完全にこちらとの接点を断ってしまいました」
「あー、確認した時に、既に反応がなかったのはそのせいか」

 フェイが持つものと同じような感じのウエストポーチを私もまた装着していた。
 萌木色に染められた丈夫な生地の本体に、蔦を模したベルトで止められていた入れ口を開き、そこに一角兎ホーンラビットを一匹近付ける。
 入れ口の大きさからして、一角兎ホーンラビットのサイズが入る様子は全くないのだが、ウエストポーチは問題なく、一角兎ホーンラビットの全身を飲み込んで行く。

「便利ですよね、亜空間収納」
「そうだな、嵩張らないどころか、重さもバッグそのものの分から変わらないのが良い」

 入り口である事を定め、その先にここではない別の条件を固定された空間を繋げる事で、重さも大きさも、普通では持ち運ぶ事等不可能なものを収納し運べるようにしたアイテム。それが亜空間収納だった。
 つまり私やフェイの持つ、ウエストポーチは、見た目に反して、物凄く沢山の物が入り、重量すらも変わらないと言う素晴らしい仕様なのだ。

「こう言う場合、“役目”はどうなっているのでしょう?」
「ん?不在に相応の理由があるかにもよるんだろうが、たぶん、もう世界に背かれている」
「魔女ではなくなっていると言う事ですね」
「そう、世界の判定は時にかなりシビアだからな、魔女として使となれば、当然切られる」
「誰かが、“役目”を引き継がされているんですね」 

 戻された話しに黙々と手は作業を進め、坦々と会話は進む。

「どうだろうな」
「違うのですか?」
「継承先が定まらないままとか、どうにもならないって事があるんだよなっと、こっちはこれで最後だ」
「こちらもです。あとはあれだけになりますね」
「翼竜か」
「翼竜ですね」

 二人で顔を見合せる理由。それは亜空間収納の性能に起因している。
 亜空間収納は、その収納容量は膨大で、入れているものの重さを加味しない等の有り難い性能があるのだが、亜空間収納として機能させるまではあくまでもウエストポーチでしかないのだ。

「ウルフでも二人がかりだったのに、翼竜とかどうするんだ?」
「どうしましょう?解体しかないですかね」

 つまりは、亜空間収納の入り口には自力で入れないといけないと言う事だった。

「よし、今回の最大の獲物はブラッディウルフだった。いやぁ大変だった」
「何となく言い出すのではと思っていましたが、駄目ですよ、せっかくの素材を無駄にするのは」

 遭遇した事すらなかった事にしようと思ったのだが、駄目らしい。
 確かに仕留めた命を無駄にしてはいけないとは思う。思うのだが、なのだ。

「もとから今回は私のリハビリが目的だったのだからこれは違うだろう」

 私が訴えるそもそもの目的が先程までの戦いだった。
 フェイにミルク粥を作って貰った日から、実のところ既に三日程経過している。
 その間を大人しく過ごし、もう良いだろうと頃合いを見計らい旅支度に入ろうとしたところに、カイから今回の申し出があったのだ。
 森の南側に魔獣が増えて来ているので、間引きをして来て欲しいとの事だった。

「まぁ間引きを口実にした確認ってところだろうが」
「過保護だと思いますか?」
「そうでもない。何処かでこちらの確認は必要だったからな。食材や素材の確保も兼ねれば、旅支度の一環だと言えるだろう」

 ちゃんと戦う事が出来るかの、私自身の確認。
 自分のもとから放しても大丈夫かと言う、カイ自身の折り合い。それが、今回の間引き依頼の結果で判断されるのだろう。
 そして、フェイはフェイで私との役割分担の確認、何かあった時のセーフティもかって出てくれていたのだろう。

「素材をギルドに売れば資金にもなりますからね」
「そう言えばちゃんとあるんだったな、ギルド」

 カイもフェイも何かを説明してくれる事はないが、自分が思った事に間違いはないとそう思いながら、興味の向いた話題へと話しを移して行く。

「たぶん失効しているでしょうね、資格」
「あー、二年以上ランク帯の依頼を受けないと失効するんだったか」
「B以上はそうですが、C以下は半年です。S等は特例が認められる事もあるようですが」
「討伐Bの採取B、護衛Cの総合Bだった」

 冒険者ギルドでは、依頼の基本区分として、魔獣等との戦闘を主な仕事とする討伐系と、薬等の素材を集める採取系、それから戦えない人達を守りながら移動したり、一定の期間を過ごしたりする護衛系の三部門があり、実力の評価としてAからGのランク分けがある。
 Sは特殊区分なので割愛するが、依頼をこなして査定を受け、それぞれの部門の平均が個人のランクとしてギルドタグに刻まれるのだ。

「総合Bですか、上位の入り口ですね、それは凄い。と言いたいところですが、手抜きか、査定を受けていないかですね」
「両方だな、旅が本格的になったのもそうだし、Bでも大概だったが、A以上の顧客は面倒が多い」

 普通に肯定を返しておいた。
 上のランクを目指し、査定を受けるか受けないかは個人の自由なのだ。
 そして、上位と認められる実力はBからと言われているのだが、上位になると、“お貴族様”や“大商人様”、果ては“王族”等と言う単語が飛び交うようになるのだ。

「因みに、私は採取だけBで討伐はDの護衛はランク外です」
「おい」

 絶対に手抜きだと自分を棚上げして、思わず半目でフェイを見てしまった。

「今は調査や探査、解析系能力等が問われる探索が新たに追加されて、ここもBを取っていますよ?それから裏部門として諜報と言うものもあります。後は、かつては“雑用”等と言われていた雑多依頼にも一定の評価が付くようになっていますね」

 色々と増えている仕組みに、確かな時の流れを感じつつ、さて本当にどうしたものかと私は小山である翼竜を見上げていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

異世界にアバターで転移?させられましたが私は異世界を満喫します

そう
ファンタジー
ナノハは気がつくとファーナシスタというゲームのアバターで森の中にいた。 そこからナノハの自由気ままな冒険が始まる。

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

処理中です...