月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第一晶 ~新たなる旅立ち~】

18 カイの怒り

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「ああ、そうか、送り返す手筈まで込みだった訳か」

 不意に思い至り、思い至ったものにただ納得してしまう。

「どう言う事だ?」
「こうなるって見越してたんだなって事だ」

 カイが先程浮かべた嫌そうな表情を消し去り、その優しげな面持ちの眉間に皺を寄せていた。
 だが私は、自身の思考の方へと意識を向けていた為に、その変化に気付かない。

「私が絶対的に近い安全圏にいて、対処の出来る相手がそばにいる状態。つくづく手の平の上だな」

 恐らくではなく、もっと確信的に私は思ったのだ。
 ファティマもフェンも今この時、私が目覚めた直後でまともな力をふるえない状態で、なお且つ、大抵の危険を寄せ付けない、他の魔女の力の影響下にいて、もし危機的な状況に陥ったとしても対処が可能な、或いは手を尽くしてくれるであろう存在がいる現状を狙ったのだと。

「つまりは、私の養い子が私の庇護下、それと常盤ときわの魔女の守りの内にいる状況を狙う確信犯がいたと?」

 その言葉に、私はカイの静かな怒りを感じた。
 先程は、嫌そうな表情で誤魔化し、本来の感情を表に出さないぐらいには上手く隠しおおせていたように思うが、具体的な話しが見え始めた事で、抑えがきかなくなってきたらしい。
 けれど、私はそんなカイの様子を怪訝に思っていた。

「誰?」

 誰が安眠妨害をしてきたのかを、殊更静かな声が短く問う。
 このカイの状態は、何か大丈夫ではない気がするとそう思いはしたが、同時にまぁ良いかとも私は軽く考えてしまっていた。

「フェンに関しては、もしもの事態に備えて片翼の動きすらも考える念の入れようで、一応の保険か、そもそもフェイがここに来たのが発端だったのかもしれないな」

 だからそんな事を、極々普通の口調で私は告げてしまう。

アイツフェンが?」
「最初にいたのはジルだな」
「ジル?男?」

 誰だと言わんばかりに、カイの眉間の皺が深まるが、いい加減にしないと痕になりそうな気がして気になって来た。

「ん?航時竜ジルニトラのジル。非時ときじくの魔女の繋がりチェインだが、カイは会ったことなかったか?」
「航時竜ジルニトラ?あれはもうずっと前に、時の彼方へと発ってしまった種族だろ?」
「あー、勇者との旅の途中で勇者が詐偽にあって路銀を失った事があって」
「は?」

 カイにとっては脈絡もなく、予想外の話しを聞かされたからか、間の抜けたその声に、けれどカイの眉間にあった皺が消えて、私は密かに安堵していた。

「で、その時近くにあった遺跡の魔物討伐の依頼で資金稼ぎに行って、まぁ正体を隠して受けた依頼だったしで遺跡荒らしに間違えられたんだが」
「はぁ?」
「ああ、勇者の旅は救世の旅だからな、旅にかかる資金は、基本、定期的に教会から受け取る事になっている。だから、勇者が守るべき民からの嘆願では、報酬を受け取る事が出来ないんだ」

 ようするに、あの時は、勇者としての役目ではなく、個人としての依頼の授受と言う形で、急場を凌ごうとしたのだ。

「正体を隠した理由は分かった、分かったが・・‘・」

 おかしいだろとでも続けたかったのではないかと思うが、カイは口をモゴモゴと動かしただけだった。

「それで、遺跡守りに追われていたところを、遺跡のトラップに嵌まって」
「何て?」

 そして、続け様の新たな衝撃にか目を瞬かせるカイに、だが、いちいち説明するのも話しが進まないので、私は流して行く事にした。

「そのトラップが古典的な落下と、転位系統の術式が混在したトラップで、飛ばされ落ちた隠し部屋の先にいた、守護者ガーディアンとの強制戦闘になった」
「・・・・・・」
「その守護者ガーディアンが守っていたものが卵で、その卵がジルニトラのものだった訳だ」
「・・・・・・」
「因みに、資金の方は、倒した守護者ガーディアンの装甲が特殊な魔法金属で出来ていて、その一部を売る事でどうにか凌いだ・・・カイ?」
「もう、何から突っ込んでいいか分からないんだが?」
「それは私も同感だから突っ込みは不要だ」
「そうか・・・」

 深い溜め息に、万感の思いすら籠っていそうな“そうか”、だった。

 あれは本当に意味の分からない案件だったと今でも思う。
 詐偽に引っ掛かる勇者もどうかと思うが、それを申告せず、自分でお金を用立てようとする発想。
 依頼で行った筈なのに盗掘犯に間違えられ、お約束のように引っ掛かる罠と、何故か戦う羽目になった遺跡の守護者ガーディアン
 結局、その守護者ガーディアンが守っていた卵すらも遺跡から持ち去って来ていて、その卵は孵った直後に立ち会っていたファティマへと引き取られていったのだ。

「それで、話しを戻すが、ジルがいて、でもファティマ自身はいなくて、ファティマはジルを媒体に、私へせるものを見せて“時”を告げた」

 カイは衝撃から抜けきれていないままに、けれど 
どうにか意識の切り替えを行おうとしていた。
 そして、そんな状態の時にされた私の申告に、またも眉根の皺が復活してしまった。

「その後にフェンが来た」
「フェン・・・?」

 私にとっては、腹立たしくはあるが、ただの安眠妨害の経緯説明。けれどカイにとってはもっとずっと、意味を求めた内容だったらしい。
 そして、もう一人、部屋の入り口では開け放たれたままだったドアのそばで、入るタイミングを窺っていたらしいフェイが、呟くその名前に硬直していた。
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