月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第一晶 ~新たなる旅立ち~】

16 面会房

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「あー、だって、面倒だろ?」

 それは、自分の唯一、つまりは一番大切にしているもの、それ以外を気にしている場合かと言う忠言。もしくは、余所に気を回せるなんて余裕だねとの皮肉ぐらいは混ざっているのかもしれない。
 何を言わんとしているか分かって、けれど私にも言い分はあるのだと言う意味合いの言葉を選んで告げる。

「面倒?」
「そう、見捨てて、下手な死に方されて未練でも残されてみろ、未練なんてものはだいたいが行き場を失って、昇華される事もなく世界の循環から外れて行く」
「あーうん、外れておりを溜めて、澱みになるか」
「そうだな、それで、その澱みがいずれは魔物を生むわけだ。ほら面倒だろ?」

 私は厄介だと言う代わりに肩を竦めて見せた。

 魔物は世界に生じた澱みから生まれる。
 循環し流転する世界の理。その理から外れてしまったものが滓として溜まり澱みになるのだ。
 自分を含めた誰かが魔物を倒すと言う手間、その過程で命を落とすその誰かが新たな澱みを生む可能性。紛れもない不の連鎖だった。
 つまりは、私にとってどうしようもなく面倒臭い状態と言う事になる。

「うーん?それでその面倒回避の為に、勇者の旅に同道したワケなんだ?」
「あれはそればかりじゃなかったが、どちらにしろ、私は失敗した。すまない、“風”を潰えさせる程に手を貸して貰ったのに」

 私はただ謝罪する。取り返す事の出来ないものに対して、既に何も出来なくても、出来ないのだからと言って謝らない訳にはいかないのだから。

「あれか、まぁそれこそ私自身の選択の結果だ。だから、どうこう言われる筋合いでもないよね」
「それでは済まないだろ」

 思惑があって、決めたのがフェン自身だったとしても、私には私の責任が結果に附随する。これはそう言う話しなのだ。

「だって、そもそも別に失敗してないよね?」
「失敗していない・・・?どういう意味か不明だが、倒しきっていないのなら失敗だろ」
「まぁ何をもって失敗って言っているのか微妙で、私との認識の差って言うの?決着地点がまず違ってるみたいだから、言い分は聞くけど、討伐の成否で言うなら倒されていたよ、あの段階では間違いなく反応は消えていた」
「・・・・・・」
「でなければ、あの戦いの前に死んでいた摂理の欠片カケラが芽吹く筈がないんだからさ」

 私はフェンの言葉を考える。
 摂理の欠片カケラこれは魔女の事を指している。世界の循環、流転するものの調律者。世界を調え律するそれが魔女としての役割。
 魔女は役目に在る間、世界に守られながらもその理から外れる。つまりは歳をとらなくなる。

「魔女は死なないワケではないよね?」

 そう、不老状態になり、けれど不死ではない。
 そして、何等かの原因で、魔女が死んだ場合、世界の理が正しく廻るまで、その魔女の役目を正しく果たすものがいなくなるのだ。

「次代への転承か」
「転じてうけるか、的を射ている気がしないでもないけど、押し付けられる側としては妙な気分」

 言葉通り微妙そうな表情をするフェンに、私は首を傾げる。
 いなくなった魔女がそのまま生まれ変わるのではなく、新たな役目へと転じて、適応するものへと承けさせる。
 そうして、空位だった魔女の席は埋まるもの。
 今、翡翼の魔女フェンに代わり、翠翼の魔女フェイが動いている。ならばフェンはどう言う状態なのかと今更ながらに思ったのだ。

「フェン?」
「私のコトはどうでもいいの、特に今は」

 にっこり笑う笑顔の様相に明確な拒絶を感じた。
 何を言わなくても察しているらしいこちらの思考に、どうやら触れるなと言う事らしい。

「世界を狂わせる澱みの具現が魔物なら、その王がいなくなれば世界は正しく廻る。うん、あの子は遭ってるんだよ、私と同じように潰えていた欠片、今代の“火”、“氷”、“雷”、“夢”の魔女に」

 その四人は、私が勇者達と災禍の顕主に挑む前に、いなくなっていた。始めからいなかったのではなく、潰えた状態に、つまりは魔女でなくなったか、死んだかなのだ。

「分かった、討伐は成功していた。それで良い」
「うん、ようやく次に進める・・・んだけど、時間切れ、嘘、ちょっと待って、ホントまだ、伝えてないんだから」

 笑顔から、突然の焦燥状態だった。何か本当に慌てているらしい余裕のないフェンを見て私は一つ頷く。

「私は良い、自分で進める。フェン片翼への言葉を」

 私への用事はいらないからと、フェンの唯一への案件を促した。
 その言葉にフェンは、その表情から焦りを消した。
 殊更柔らかく微笑む様子は穏やかさよりも、どうしてだか剣呑さを思わせ、私はまた何かを間違えたのだと察する。

「ここに留まろうって思ってるでしょ?いい加減諦めて、それに、あの子こそ自分で選んで進めるんだから、今更、私が頼む言葉なんてないんだ」

 このままここに、とは思わなくもなかった。
 だから私は嘆きのまま言葉にしてやる事に決めた

「あのな、そもそも私の安眠を妨害しているのはフェン達なんだ。何なんだ、私の夢は面会室か何かなのか?」
「あーごめんごめん」
「全く悪いと思ってないだろ」
「うん、正解。でも、本気でもう時間だから、ここまで」

 言うだけ言って、そうして、飄々とした笑みの余韻から唐突にその姿が消えた。

 フェンがいた場所。そこに淡い光の粒子を溢す、一枚の翡翠色の羽を残して。
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