月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第一晶 ~新たなる旅立ち~】

10 暗喩

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20.11.25 6:00 保存終了のところを誤って保存公開にしてしまい、慌てて取り下げると言う操作を行ってしまいました。大変申し訳ございませんでした。


※※※


「じゃ次はもっと建設的な話し合いで」
「あの子がいなくても良い話題なのか?」
「私の子守唄に迷夢の魔法を絡めたから、どんなに耐性があっても三日は起きないよ」

 三日どころか七日で起きれば良い方。最悪目覚めない場合もあり得るのだが、それは言わないでおく。
 幾つかの魔法でも試した事もあり、フェイは本来の使い手ではない自分が行使した魔法に、そこまでの効果はないと践んでいたのだ。

迷夢めいむの魔女。先日堕ちたのを感知していたが継いだのか?」
「“夢”だと本来なら“水”の方が相性が良いし無理もなかったんだろうけど、藍晶らんしょうの魔女は既に“氷”と“闇”の受け皿になってる。これ以上はもたない」
「“氷”なら今回は“火”がいるし、“闇”なら“時”が適役だろ?」
「“火”は危ういから無理。それから、“時”は私達とのコンタクトすら稀だから、こちらからの接触は難しい。今、何処にいるんだか」

 “火”が危ういと告げた段階で、カイの表情は悩ましげに変わり、所在の分からない“時”の辺りで、何かを考え込むように視線を何処か遠くへと送る。
 それから、目の前にいるフェイに告げると言うよりも、独白に近く、自身の考えをただ並べるように吐露して行く。

「魔女は全部で十二席。時代によって、十二全部が埋まる事は稀だが、十二以上になる事はない」
「災禍の顕主が目覚めて勇者に討伐される。その間の期間に、いた筈の魔女が欠けると、その時の災禍の顕主が滅びるまで、その魔女の席は空席に、役目は他の魔女達が引き継ぐ事になるね」

 相槌が必要かは分からないが、フェイはカイの言葉へとそう続けた。

「そう、魔女は世界の調律師バランサーだから」

 カイの常緑の瞳がフェイを見る。
 何かを探るようでもなく、何かを問うものでもない。ただ、そこに在るものを眺めるような個を区別することのない茫漠とした眼差しを、向けられたフェイは思った。

「面白いよね、人間って。魔女を殺す事で、世界がバランスを崩し続けているのに、何時の時もその事を理解しない」
「魔女が魔物を操る。間違っていないから、そう言う風にもなるんじゃない?」
「せっかく、二百年ぐらい前だったか?誰もが知る機会があったのに、なかった事にしたからな」

 カイは思っている事を窺わせる事のない抑揚を欠いた声音と表情で、フェイは酷く軽い話題を扱うかのような飄々とした口調と笑みで、それぞれがその話題に触れて行く。

 今ここに二人以外は誰もいなかった。
 けれど、もし、二人の会話の一端でも理解出来る存在がここにいたとしたら、その二人それぞれが露にしているものの歪さに眉を潜めるか、意味の分からない本能的な身震いをした事だろう。
 そう思わせる何かが、二人の間には存在していた。

 魔女と、魔女に寄り添う存在としては有り得ないとそう思わせる様相で、魔女に関わる会話をしている二人。フェイは自らの片翼を、カイは養い子であり妹でもある存在を、それぞれが、失いかけ、傷つけられているのだ。
 フェイもカイも、誰に対して何をどう思っているかのかを素直に伝える事はない。だからこその歪さなのかもしれなかった。

「・・・あの子は何?」

 笑みを浮かべたまなの沈黙から、不意にフェイは呟いた。

「・・・・・・」
「質問じゃないから、答えは期待してないけど、あの子は確かに魔女で、でも私達とは違う」

 質問じゃないと言ったようにそれはフェイ自身に対する自問だった。
 けれど、声に出した段階で聞かせる為の側面も確かに持っていて、フェイは聞いていた筈の相手であるカイを細めた双眸で眺め見ていた。

「違う、か」
「あの子が目を覚ました時に、どさくさで聞いてみたんだ『銀礫ぎんれきである貴方が動いた』って、意図をちゃんと理解してくれるか分からなかったけど、試した」

 過去の災禍の顕主との戦いで何をしたのかを問い、そこに紛れ込ませた言葉をフェイは思い返していた。

「結果は?」
「上手く流された。自覚がないか、自覚が出来ていないか、誤魔化されたって感じより、寝起きでそこまで頭が回ってなかったて感じかもしれないけどさ」
「自覚の有無か」
「そ、まぁそれでこっちも探るのを止めちゃったけど、そもそもがおかしいでしょ?あの子の存在って」
「確かに、可笑しくはあるな」
「それに貴方もおかしい」
「・・・・・・」

 フェイは唇の端を僅かに上げるようにして笑う。そして、何気無くも放った言葉の勢いのまま、手にしたカップから一気にお茶を飲み干した。
 お茶は既に冷めきっていて、火傷の心配はない。
 一気飲みの勢いに任せた仕種でも、フェイが空になったカップを戻す手は丁寧だった。置く音すらもさせる事がなく、けれど、その事がかえって、フェイの纏う雰囲気に妙な凄みを与えていた。

 脈絡のないフェイの行動に、唖然としながらもやや気圧されているかのようなカイの表情。それを見たフェイは更に笑みを深める。

「月の光が明る過ぎて、そこにある星になかなか気付けなかったんだ。だいたい何?月代つきしろの魔女って、聖女を追っていて月代つきしろの魔女だよ?酷くない?」
「っはは、それはすまなかった」

 心当たりがあるのだろう、弾かれた様に笑い出したカイへと、フェイは鼻であしらうようにして笑みの表情を消して宣告す告げる。

「言うからね」
「何を?」

 面白そうに問うカイへと、フェイの向ける笑みは、今度は意地の悪いものを含んだ不穏な、けれどとても優しげなものへと変わっていた。

「あの子が起きたら、貴方の“御姉様”はとっても美しかったですって」
「は?」
「爆笑されて下さい」
「おい、ちょっ!」
「まぁ私が羨ましがられるだけかもしれませんが、楽しんでくれると思いますよ」
「本当、止めて」
「はは・・・」

 かすれた、それでも満足げな笑い声。
 そうしてフェイは、緩やかな仕種でテーブルへと突っ伏して行った。

「・・・・・・最後のは余計だったがようやく諦めた寝たか」

 カイが用意し、フェイだけが飲んだお茶には睡眠導入効果の高いハーブが入っていた。
 それを一気飲みしたフェイは、今や完全に寝入ってしまっている。

「まったく、片翼では、羽ばたく事も難しいだろうによくやる・・・・・・確かに、フェンは友だったが、私に気を遣ってくれなくていい。似合ってないからな、話し方」

 聞こえているのか、何かを察知しているのか、歪む寝顔にカイは一人、声を抑えて笑い続けていた。
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