月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第一晶 ~新たなる旅立ち~】

9 先送りされるもの

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「事態は深刻で、なのに、深刻になりきれない」

 コテージのテーブルへと座り直し、新しいお茶が緑の賢者グリュン・マージカイの手により淹れられる。
 目の前に置かれたカップから弛く立ち上る白い湯気を眺めながらフェイはそう口を開いた。

 ほぼ何も伝えていないに等しいが、実のところフェイの把握している限りの現状において、かなり逼迫したものがあるのだと、フェイは知っていた。

「それは、お前の中で、その危急性が何処までも他人事だからだろう」

 事もなさげにカイは告げ、何を言っているんだと言わんばかりの胡乱げに、常緑の瞳がフェイを見ていた。

「貴方とあの子の兄妹喧嘩の様相を聞いたせいな気もするけど、そうか他人事か」

 他人事。その言葉にフェイは何か酷く納得している自分に気付く。

「お前達魔女は独善的で偽悪的で、何より自己中心的な物事の捉え方をする」
「それは分かるな。私を含め、私の知る魔女って存在は皆が皆自分の価値観で生きていて、殆どの場合において他者とのズレを理解しない」
「仮に理解していても、考慮はしないのが魔女だな」
「人に責任を求めないから、ある意味楽だけどね」

 誰かが関わって、何かがあっても、結局は結果に対する要因の一つでしかない。
 誰かに対して何かをする影響力があって、けれど、その結果に対する評価も責任も求めない。求めないが故の、周囲に対する無頓着さと理不尽さ、それが魔女と言う存在の持つ性質の一端だった。

儀式セレモニーを無視して、詠唱アレンジメントを破棄して。増幅器アンプに代わる刻印シーリングもない。そもそも三重展開トリアなんて単独ソロで行使するものじゃないよね」

 徐にフェイはその話しを持ち出す。
 お茶で一息をついて、ようやくこの話題に触れようと言う気になったのだ。

「あれは、あの子の、私達への配慮が含まれた結果でもあったんだろうな」
「配慮?」

 フェイは先程の他者を考慮しないと言うやり取りは何だったのかと思いかけたが、別段矛盾している訳ではないのかと直ぐに思い直した。

天鏡図セレスティアル チャートは空に在る数多の星々が見ている光景を映し、運命の羅針ホロスコープは地上に在る欠片が課せられているものを見せる。だが、それらは本来、魔法の行使者であるあの子にしか見えない」
二重展開デュオで良かった訳だ」
「そうだ。つまり星光の繊条アスティアル フィラメントあれが、あの光景を私達へと可視化していた魔法になる」
「ご丁寧にどうもって、言って欲しいの?」

 自分が知ろうとした事をわざわざ私達にも共有させた。
 何を見たのかを知らせる配慮と、こちらがそれを知る必要があるかどうかを気にする事のない、押し付けでもある強引さ。

「私に当たるな。実はお前も相当腹に据えかねているだろ」
「ふふ」
「何故笑う」

 嫌そうにフェイを見るカイの表情に、フェイはやはり笑っていた。

「好意を伝えておきながら、平気で無茶をやらかす。こちらが何を思おうが関係ないんだよ、あの子」
「理解しないからな。養い親だ、兄だと言っておきながら、結局私達は伝えきれなかった」
常盤ときわの魔女もなんだ?」
「あの子は自分の痛みすら自分のものとして捉えていない。誰かに魔女として手を貸す時ですら、見てみぬふりをすると、自分の気分が悪いからとそれで済ますぐらいだ」
「何でそうなったかの説明はいらないよ」

 聞きたくないと先制を打っておく。

「・・・片翼から本当に何も聞いてないのか?」

 そんなカイの怪訝そうな反応に、フェイは思わず舌打ちをしたくなった。

翡翼ひよくの魔女が、関わっている話しですか」

 思わず戻ってしまう素の口調。聞きたくなかった筈なのに片翼と言われた事でそれ程のものを感じてしまったのだ。

「使い潰されかけていたあの子を、成り行きだったが回収したのが煉狗れんくの魔女。その後で常盤ときわの魔女のもとまで運んだのが、翡翼ひよくの魔女。置き逃げだったな」
「置き逃げって、そもそも使い潰すとかかなり物騒な単語があったんだけど?」
「ん~、聞けば教えるだろうけど、私が話すのはやっぱり違うのか?」
「ここまで話しておいて?」

 勿体ぶるカイをフェイは冷めた表情で見据える。
 そして、かなり殺傷力の高い爆弾が投下されて来た。

熾天使セラフ
「っ・・・・・・」

 囁くよりも密やかな声音でカイはその名称を告げる。
 見開く双眸に、フェイはただ絶句し、続く言葉を見付けられないまま飲み込んだ。

「促したのはそちらだ」
「分かってる」

 そうさせたのはカイの仕業だと言いたかったが、フェイはそれらの思いの全てを飲み下した。

「聞かなかった事にするのも自由だがな」

 それはカイなりの気遣いだったのかもしれない。

「正直、その案件に関わる余裕はない。まず間違いなく」
「そうか」
「だから、素直に貴方の気遣いに乗っておくよ」

 先送り出来るならそうする。それ程までにこの話題は不味いものだった。
 そう思う傍らで、いっそ関わらずにいたいと願うが望み薄なのもフェイは予想していた。カイがここでこの話題を提示し、何よりも自分の片割れが関わっているのだから。

「じゃあこの話題は封印だな」
「お蔵入りだね」

 気を取り直してどちらともなく浮かべる笑顔。
 その時の様子を見ている第三者がいたなら、二人ともが浮かべたその清々しくも嘘臭い笑みはとても良く似ていると言うだろうが、生憎なのか、幸いになのか、ここにいるのは二人きりで、どちらもお互いの様子に触れる事はなかった。
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