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【第一晶 ~新たなる旅立ち~】
3 星降りの花
しおりを挟む「最初は何か薬でも用意するべきかと思ったのですが・・・」
そう言って、フェイは地面に置かれたままのカップへと視線を落とした。
「私のところにも、物凄く甘いって言ったこの子の声がちゃんと聞こえていたよ」
その言葉にカイもまた地面のカップを見ていた。
青々とした細長い葉々の中に、埋もれるようにしてある取り立てて特徴のない無地のカップを二人がただ見詰めているという光景。
私は二人が見ているものを見ないように、それ以上に、二人のどちらとも目が合わないように、周囲を確認していて気付かない様子を装いながら、全力で顔を逸らし続けた。
寧ろ、何処かに行っていようと考えたぐらいなのだが、何故か抱き締めたままのカイの腕から抜け出す事が出来なかったのだ。全然力を入れている風でもないのにだ。
「貴方の方が知っていると思いますが、星降りの花の花弁を浮かべた水を甘いと感じる時は怪我をしている時です」
逃げ出そうとしていた私に気付いていていたのだろう、率直に告げて来るフェイに、私は逃走を諦め、体から力を抜いた。
「怪我なんて、私は、」
逃走は見送ったが、抵抗は諦めていない。
無駄な抵抗だと分かってはいるが、嘘でもないのだ。
災禍の顕主との戦いで負った傷は、眠っている間に全て治っていた。
「分かっているのに気付かないふりをするのと、気付かれていると気付いているのに、知らないふりをするのは、触れて欲しくない事なのだと一定の理解はしますが、この場合は無駄です」
優しげな面持ちだと言うのに、フェイは私へと向ける眼差しにはっきりと無駄を宣言して来る。
「そうだな、外傷的な怪我は確かに癒えている。今も癒えていないのは心の方の怪我だ」
「・・・・・・」
「心の傷は見えない分、治しにくい。治ったと思っても、簡単に開いてしまう事の厄介さすらある。ですから、まず、自覚して下さい」
言われてしまったと、内心だけで溜め息をつくが、それでも何かを反論するべきではないと言うのは分かる。
私はフェイの言葉とカイの常緑の瞳にただ頷く事で答えとした。
「はぁ、分かりました。こちらで勝手に気にしておくことにします」
素直に頷いた筈なのに、今度こそ溜め息を吐かれてしまった。
私は何故だと思い憮然とするが、同時に気になっていた事もあり、遠く追いやりそうになる意識を何となく引き留めて、聞いておく事にした。
「と言うか、何か口調が変わっていないか?」
「こちらが素です」
「いやいや、こっちに馴れて口調が崩れるなら分かるが、何で最初より丁寧なものになっている?」
「不快だと言うなら考えますが、まあお気になさらずに」
何気に“考える”とは言ったが、“戻します”や“直します”とは言っていない。
特に気にする訳でないのだが、恐らくあの飄々とした口調が戻って来る事はないのだろうとそんな気がした。
「フェンは最初丁寧で、何時の間にか崩れていたから逆なんだな」
そこの違いが懐かしくなっただけなのだ。
「以前に、この口調で接していたところ慇懃無礼だと仰って下さったお方がおられまして。ええ、それ以来ですね、最初のアレで通していたのは」
一体誰に言われたと言うのか、気になったが、何処か据わって見えるフェイの視線の鋭さに、これ以上の話題として触れるのは不味い気がして口を噤む事にした。
「因みに、蕾華の魔女です」
「・・・・・・」
せっかく聞くのをやめたのに、何故か答えは告げられて、何か顔にでも出していたのかと、思わず自分の頬へと手を持っていってしまった。
「顔に書いてあるとか、分かりやすい表情の変化があるとかではありませんよ?今は別ですけど、貴方の場合行動から読めると言うものでもありませんし」
今は、と言うのは頬へと持って言った手の動きからと言う事だろう。その動作だけでこちらの思っている事を悟り、この会話をしているのだと。
「・・・・・・」
でも、ならばどう言う事なのかと思った。今は、と敢えて言うのであれば先程までは違うと言う事なのだから。
「はは、銀礫と翠翼か、もとから相性は悪くないが、そうでなくても、二人は気が合いそうだ」
「まあ、悪くないと思っていた」
「!?」
楽しげで、何処か嬉しそうなカイのの言葉に私は素直に思ったことを告げた。
そして、告げながらも、先程までの事を考えていた私は、その瞬間の驚いたようなフェイの表情を見逃してしまっていた。
「いや悪くないは、違うか。嬉しいんだと思う。普通に話していて楽しいしな」
違うと言った言葉に目を閉じ、けれど、嬉しいと聞いた言葉に目を見張る。そして楽しいしと続いた事でフェイはとうとう左手で自分の目もとを覆い隠してしまった。
私はそんなフェイの様子にすら気付いていていなくて、楽しいしと言った瞬間に自分が浮かべたらしい自然な微笑みにすら無自覚だった。
そうしてカイは一人、そんなやり取りと反応の違いを、可笑しそうに見ていて、邪魔にならないよう声を出さずに笑い続けていたのだ。
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