月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第一晶 ~新たなる旅立ち~】

2 緑の賢者

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 何をしたのか、か・・・
 魔物等の王との最終決戦に赴き、だが、私はその本当の結末を知らない。
 事後報告として、討伐に成功した事は聞いたのだが、その瞬間を私は見ていないのだ。
 あの瞬間の攻撃を回避出来ず、重傷の末に意識を失い、次に気が付いた時には一応の安全地帯にまで退避が完了していた。

「説明出来ないからって寝ない!銀礫ぎんれきである貴方が動いた、相応の理由があったんだよね?」

 絶対に面倒な案件だと戦略的撤退寝ようとばかりに目を閉じようとしていたら、気付かれたうえに怒られてしまった。

「はぁ、言いたくないと思うなら聞かないから、大丈夫なところだけ話して」
「言いたくないとかじゃなくて、そもそも私は知らない。結局のところ、利用されるだけされて、使えなくなったから、別れた。それが私の結末」
「どちらが?」
「?」

 何の溜め息なのか、溜め息をつきたいのは寧ろ私のほうなのではないか?とそんな事を思いながらも、仕方なしに、もう一度体を起こしながら答えると、端的で意味を計りかねる質問が入り、思わず真顔になってしまった。

「目を覚まして間もない、まして本調子から程遠い子にそう質問ばかり重ねていてはいけない」

 気配はなかった。目を覚ました時には既にそこにいたフェイとは異なり、近づいて来ると言う行程がある筈なのに、そう言った一切を省きその声は私達のもとへと届けられた。

 不意に気付くその存在に、広い平原のなかに佇み、様々な草花を眺める。そしてふと目を向けた先に自然と何時か見た薬草の存在に気付く事がある。そんな既視感を思った。
 歩み寄ってくる姿に、やはり当然のように草を踏む等地面を歩く足音と言うものはなく、けれど確かにこちらへと歩みを進めながらもそこにいた。

「カイ?」
緑の賢者グリュン・マージ

 私とフェイで、同一の存在を示す異なる名前を同時に呟く。
 それは、常緑の穏やかな瞳をした真っ白な毛並みの牡鹿だった。
 牡鹿の持つ色合いと纏う雰囲気から、その大きな体躯は勇壮さより、優美さを思わせ、あまりに自然体で佇む姿には幻想的な神々しさすらある、そんな存在が静かに佇んでいた。

「お帰り、私の養い子」

 言葉と共に、その牡鹿の姿が、月の光が揺らめくように淡く輝き、そして、牡鹿がいたその場所に、今は一人の青年が佇んでいた。
 広げられる腕に、纏った一枚布からなるかのような白い衣が招くように揺れる。
 立ち上がる私は、もたつく手足すらももどかしく、その腕の中へと飛び込んで行った。

「ただいま、兄さん」

 浮かべる久しぶりの笑顔で顔を上げると、歓迎する柔らかな笑みが迎えてくれた。
 青銀の繊細な光を放つ私と同じ髪色の青年。私の養い親で、私の兄でもある、牡鹿の姿を取りながら青年としての姿も持つ、私がカイと名前を呼ぶその存在が彼だった。

「兄さんがいるなら、ここは、さくの森?」
「気付いてなかったのか?」

 さくの森はカイが守護する、南大陸の西端、それも山間の秘境中の秘境といった場所にあった。
 気付くも何も、予想外だったのだ。ここではない場所とそんな曖昧な条件で願った場所として、帰る筈のなかった養い親のもとにいる等、本当に思いもよらない事だった。

「限界で、考えている余裕はなかった」
「ああ、それは翡翼ひよくの魔女、フェンの配慮だと思う」
「お節介か」

 口を挟むフェイへと反射的に言ってしまい、その瞬間、窘めるように頭の上へとカイの手が下ろされ、全く痛くはないが、私は咄嗟に目を閉じてしまった。

「絶対にぎりぎりになっているであろう貴方の安全を考慮して、私が追えるであろうぎりぎりを配慮した、そんな感じだろうね」
「手の平の上か」
「こーろころだろうね、貴方も私も」

 可笑しそうに笑うフェイの顔と、魔法道具アイテムを受け取った時のフェンの顔が重なる。
 二人で一対と言っていた。なまじ同じ顔をしているだけに、同一人物にしか見えなくなってくるのだ。

「養い子が唐突に私の領域に入ったのは分かっていた。だが、会いに行く事が出来なかった」
「災禍の顕主との戦いで澱みを纏って、かなり障りがあっただろうし。ごめんなさい、そんな状態でカイの領域に入って」
「違う、そうじゃない」
「え?」

 聞いた否定の言葉へ目を瞬かせてカイを見ると、優しげな顔を複雑そうに歪めて首を横へと振っている様子が目に入った。

「眠る貴方が全てを拒絶していたから、だから貴方が目を覚ました今日まで、私も緑の賢者グリュン・マージですらもそばに行く事が出来なかった」
「私の拒絶」

 呟いてみるが、そうして考えてみても私自身に何かを拒んでいると言うその自覚はなかった。

銀礫ぎんれきは鈍い」
「は?」

 貶されたのかと思いフェイを見るが、その表情は何処か諦めを含んだものだった。

「・・・星降りの花を試して欲しいと言われた意味が分かったような気がします」
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