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【序章】
序晶 別れ3
しおりを挟む「私は、いかない」
そう告げた瞬間に饒舌だった勇者は口を閉ざし、語る毎に楽しげだった笑みは消え、訝るような表情で私を見た。
「望み通り、パーティからは抜ける。でも、その後は好きにさせて貰う」
「アス?」
「確かに、人の出入りが制限される孤島なら、魔女である私の監視も容易いのかもね」
「監視・・・?違っ!」
怪訝そうに、けれど、私の告げた可能性へと思い至ったのか見開く双眸に勇者は声を荒らげようとする。
そんな勇者の様子に、私は敢えて、そのタイミングへと被せて、続きを言い連ねて行く事にした。
「勇者によって保証された静かで穏やかな生活。“何か”があっても、周囲への被害は最低限に抑える事が出来るし、人知れずに終わらせたいのならもってこいだ」
私は坦々とした語り口調で喋る。なのに、そんな私の口もとには無意識のうちにだが淡い笑みが浮かべられていた。
魔女の監視と、魔女により事が起こされた時の周囲への被害の最小化。
そして、ほとぼりが冷めた頃、人知れずに私を排除する為の采配。
全てに都合が良い場所だと感心したくなった。
「違う、そんな事っ!違う、ごめん、そんなつもりじゃないんだ!聞いて!」
私の笑みへと何を思ったのか、勇者は凝視する私の存在へと弾かれたように否定の言葉を重ね続ける。
そんな勇者の様子に、嘘や誤魔化し等ではないのかもしれないと思った。
勇者は良くも悪くも誠実で、その言葉は何時だって、誰に向けるものであろうと、ただ真摯だったから。
「アス、僕は本当に・・・」
「そう」
思って、けれどそれだけだった。
遮ってしまえば表情を強張らせ、開きかけた口をそのままに、勇者はそれ以上の言葉を続けて来る事はなかった。
自分を“私”ではなく“僕”と言う勇者の年相応の弱々しさ、そう言えば、勇者もまだ十五歳の少年だったなと感慨深くもあった。
勇者としての立場、回りから求められるもの。勇者はその全てを理解し応えて来た。
その一貫で言葉遣いを改め、立ち居振舞いを見直し、人々の尊敬と希望の象徴たらんと努力している姿を私もまた旅の間に見て来た。
だから、私もまた思えたのだ、もう良いのだと。
「大丈夫」
「アス・・・」
微笑み大丈夫だと言った私に、アスと私を呼ぶ勇者は分かってくれたのだと、伝わったのだと、そう安堵したように笑みを向けて来る。
「大丈夫。島にはいかないけれど、私はもう、今の私を知る誰の前にも姿を見せない。二度と」
監視なんてしなくても、脅威の排除に悩まなくても、何時来るとも知れない何かに怯えなくても良いのだと、私はただ大丈夫だと繰り返し、一方的な約束を告げた。
その言葉に、更に見開かれた勇者の愕然とした双眸へと、私はただ笑む。
「違う、違うんだ、言葉が足りなかっただけで。僕は間違えて、だから、アス・・・違う、聞いて」
焦りで上手く言いたい事が続けられないのか、勇者は弾かれたように私へと、手を伸ばして来る。それこそ、まるで先程勇者が私へと言った縋ると言う言葉のように。
そうして、伸ばされたその指先が私へと届くかどうかのところで、私は後退るようにしてその手から距離を取り、けれどその瞬間、私の左足は、踏み締める筈の地面を見失っていた。
「さようなら、勇者ルキフェル」
呼ぶ“彼”の名前。驚愕に見開かれたその深い青色の双方が混乱と動揺に揺れる。
「貴方の救世の旅路に、少しでも貴方自身の幸せを見出だす時があるように」
そんな祈りにも似た私の言葉へと、勇者がはっと我へと返り、現状を正しく、有るがままに認識する。
後方へと傾いで行く私の身体。私はまだ地面に着いていた右足に力を込めて、最後は伸ばされて来る手を拒み飛ぶように、虚空へと身を投じた。
勇者の背後、丘の下の方から駆けて来る他のパーティメンバーの姿へとを目を向け、そちらにも一瞬だけ笑みを向ける。
何時までたっても勇者も私も戻って来ない為に、様子を見に来たのだろう。
瞬く間に重力へと捕まり、勇者達との距離が一気に開いた事で、誰の表情も分からなくなる。
こうでもしないと、彼等を巻き込んでしまうかもしれないから、突発的にこの手段を選んだのだが、別にこれは自死を選んだが故の行動ではない。
だから私は、ローブコートの下で握っていたものへと力を込め、そして、告げる。
ー翡翼の魔女たる威を借る者 私、銀礫の魔女はただ望むー
厳かに、魔女である自身の誇りを以て、けれどそこまでだった。
私には魔女であるとか、魔女の誇りだとか、そんなものはやはりどうでも良くて、だからもう、本当に限界だったのだ。
「ここに、いたくない」
溢れ出てしまった胸の内にぼやける視界。けれど振るえそうになる声を最後の矜持で抑え込み、そうして私は今の自分の望みを言葉にする。
「ここではない場所、“連れて行って”」
囁くような声音になってしまったが、言葉にした事でその力は発動した。
手の中で、握り混んでいたものが熱を持つ。そして強い横風に押されるような感覚と、視界に満ちた淡い翡翠の輝きに、私の視界からは勇者も、その仲間達の姿も瞬く程の間で消えていた。
そうして私は、気が付けば、ひとり佇んでいる。
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