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【序章】
序晶 別れ2
しおりを挟む乾いた大地を巡って来た風のパサつきではなく、凪いだ海の上を渡ってきたであろう風は湿り気を帯び、崖上のこの場所へと強く吹きつけて来た。
海風特有の、塩気を含み纏わりつくかのようなべたつきと、天候の崩れを告げようとするかのような、胸騒ぎと何か本能的な不安感を煽る大気の生温さを感じ取る。
私はその風に、纏ったローブコートが嬲られるがまま、ただ身を任せていた。
「アス」
勇者が私を呼ぶ。
その何処か硬い声音を意識の片隅で気に掛けながら目を向ければ、何かを決断した、そんな強い瞳と向き合う事になった。
「アス、向こうの大陸に戻ったら、そのまま私達のパーティから離脱して欲しいんだ」
「・・・・・・」
そう告げた勇者の深い青色の瞳を見返しながら、私は意識的な瞬きを一回行った。
目を閉じ、開く。その一瞬の視界の切り替わりで何かが変わる訳もなく、けれど何を言われたのかと、自分の意識への浸透を待つ時間稼ぎにはなったらしい。
私は理解して、なのに、それでも分からなかった。
「何を言われたのか分からないって、そんな反応と言ったところか。アスのそんな表情を始めて見たな」
「私の、表情」
「そう、でも、聞こえなかった訳じゃないだろう?」
問われ、肯定を返す為に頷くが、その首肯する自分の動作のぎこちなさに、私はもう一度目を瞬かせる事になった。
「何故?」
意識しないまま、問いは口から溢れ落ちていた。
「何故、か、率直に答えるなら、アスの力が私達にはもう必要がないからだな」
私達には必要がない。その言葉で、私は既に自分が勇者の中で思い描かれた未来の構図から外されている事に気が付いた。
「それに、そもそもその怪我じゃ、この先の旅なんて無理だろう?」
「怪我は大丈夫だし、魔物等の王を倒したって言っても、まだ各地に強力な個体が残っている」
結論は既に突き付けられていて、けれど、何かを考えるより早く、私は反論を口に出していた。
「縋っても無駄だ。リィルやクルス、リコにももう話してある」
聖女と剣聖、そして聖女の侍従。ここまで共に戦って来た面々の顔が脳裏を過る。
パーティのリーダーは勇者である目の前の少年で、その決定として、既に私を除くメンバーには話が通してあると言う。
「強力な魔物達は確かにまだ残っているが、それは私達だけでどうにかなるし、数が気になるのなら各国の騎士達だっている。だからッ!」
何を続けよとしたのか、途切れさせたその先に歪められる勇者の表情。
何故、ただ決定を伝えるだけの勇者の方が熱くなっていっているのか、下される宣告を前に私はただ勇者の青い瞳を眺め見ていた。
「分かっているだろ?」
何が?と思うが言葉にはしなかった。
自身を落ち着ける為にか、強く目を瞑り、開く。勇者の真剣な眼差しがそこにはあり、告げて来る声音はただ静かで真摯だった。
「魔物達の王は倒した。そして、アスは魔女だ」
「そう、私は、魔女。銀礫の魔女」
倒された魔物の王の話しと、私が魔女であると言う事。一瞬何の関係がとも思ったが、そこで先程のパーティから外れると言う話しが加わってこれば、意味は分かった。
いや、最初から分かっていたのだ、“縋る”とそう言われてしまう程に。
「最大の脅威だった魔物達の王は倒された。この先、魔物等の数は減り、その脅威は低くなって行く。そうなると、きっと、人々の矛先は向いてしまう」
「・・・魔女は魔物を操る、だったか」
「アスが魔女だと知られている。私達のそばにいるアスは間違いなく、居心地が悪い思いをする事になる」
それを今更言うのかと思う。それは、今までもだったのだから。
勇者達の手間、露骨な攻撃を受ける事はなかったが、街々に立ち寄る度に、もしくは騎士達と共同で戦う毎に、あからさまな嫌悪や侮蔑の眼差し、恐れ、怯え、怒り、数多の負の感情に晒されて来た。
この先も、魔物の脅威が完全になくなる事はない。けれど明確な“敵”の脅威が目減りすれば、特に敵対した覚え等なくても、可能であると言う流言だけで魔女へと向けられるものはどうやっても悪いものへとなって行くのだろう。
そうして、それは一緒にいる事を許している勇者達の気分も良くないものにしてしまう。
「そう、うん、良いよ」
だから、私はそう言った。
一瞬驚いたように目を見張り勇者は私を見て来たが、直ぐに安堵したように目もとを緩め、深く息を吐いた。
「そうか、良かった」
「うん」
「アスにはちゃんとこれまでの報酬も払うし、それに怪我の療養にいいなって場所も決めてある。ほら、以前、南海でシーサーペント討伐を行っただろ?あの辺りに良い島があって、あそこの領主から買い取った土地があるんだ」
肩の荷が降りたからか、饒舌に勇者は語り続ける。
「家を建てたからそこをアスにって」
家まで建てたのかと、半ば呆れた思いを抱き、思わず半眼で勇者を見しまったが、勇者に気にした様子等ないようだった。
シーサーペントの討伐は一年以上も前の話しだったのだが、どうやら勇者はそんな頃から、私の処遇を決めていたらしい。
だから私は厄介払いが出来る喜びに浸っている勇者へと伝える事にした。
「私は、いかない」
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