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37 金の光

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「おい! あの果物が枯れたぞ! 何とかしろ!」

 婚約者のアーサーは、突然やって来て、ノックもなしにドアを開けた。
 後ろには、いつもの従者が控えている。

「果物ですか?」

 わざととぼけると、アーサーは鞭を取り出して、壁を叩いた。
 木の鞭は真っ二つに折れたから、新しいのは革製だ。
 これで叩かれたら痛そうね。
 まあ、もう黙ってやられるつもりはないけど。

「幸せの夢の果物だ! 果樹園で育てているのは、全部枯れた。飴が作れなくなって大騒ぎしている。父上が心労で倒れたんだ! 何とかしろ!」

「何とかと言われても、公爵家には果樹栽培の専門家が大勢いるのでしょう?」

「原因不明の症状だそうです。今まで何もしなくても育っていた木が全て枯れて、果実も全く実らない。何か対処方法をご存じないですか?」

 鞭をふりまわすアーサーに変わって、糸目の従者が私に問う。
 この間まで、顔を赤く染めてカレンに見とれていた従者の顔色は、今は青黒い。疲れがたまっているみたいだ。

「私に、果樹栽培の知識はありません」

 この人たちは、何を期待してるのだろう?
 人形姫と呼んでバカにしていた私から、何を得たいの?

「うるさい! 何とかしろ! 俺の婚約者だろう! 俺を助けるのは、婚約者の努めだ!」

 シュッ。

 鞭が私の顔のすぐ前で鳴る。

「私ではなく、専門家に聞いてください。そうだわ。カレンに相談したら? 帝国は、この国よりも農業技術が進んでいるでしょう? 専門家を紹介してくれるかもしれないわ」

「はっ。そうだな。おまえみたいなうすのろに相談するだけ無駄だった。俺のカレンは、おまえと違って、頭がいい。役に立たないおまえとは正反対だ」

 カレンの名を出すと、たちまちアーサーはおとなしく鞭をしまった。

「そうですよ。アーサー様、カレン様に相談しましょう。帝国の知識がおありだ。賢く美しい王女様です」

「そのとおり。まったく無駄な時間を使わせやがって、おい、もう俺の邪魔をするなよ!」

 意味の分からない罵り言葉を告げて、アーサーはさっさと帰って行った。

 ほんと、訳が分からない。
 ああ、もう。
 うんざりする。

 でも、ブルーデン公爵家は相当追い詰められているみたいね。
 いい気味だわ。
 自分のことしか考えない貴族達なんて、全員滅べばいいのよ。

 部屋に鍵をかけて振り返ると、金色の光が溢れていた。

「たまごちゃん!」

 大きな卵がベッドの上で光っている。

「また来たの?」

 私は、精霊王の卵に駆け寄って、ぎゅっと抱きしめて神聖力をそそぐ。

「ねえ、聞いてよ。私の婚約者、アスラン様と血がつながってるんだけどね、本当にバカすぎるの。あの青銀の髪を引きちぎってやりたいわ。アスラン様と同じ色の髪をしているなんて、許せない。紺碧の瞳もね、抉ってやりたい。ルリに言ったら本当に消してくれそうだったから、止めたんだけど。止める必要なかったかしら?」

 ぽわっと金色の光を出す卵をなでながら、私は話し続けた。

「わたし、もうこんな国にいたくない。ねえ、たまごちゃん。精霊王様が誕生したら、私をここから出してくれる? 今ね、ルリに結界の穴を探してもらってるんだけど、私が出られるような場所は見つけられないの。人間界に戻った後も、こうして神聖力を分けてあげてるんだから、少しぐらい私の願いを聞いてくれてもいいよね……」

 ベッドの上で、卵を抱きしめる。
 そのまま、私は眠ってしまったようだ。
 金色の光が溢れる場所で、私はアスラン様と一緒にいた。

「フェリシティ」

「アスラン様!」

 私たちは、手をつないで花畑を歩く。
 見たこともないような、大きな金色の花がたくさん咲いている。
 眩しい光の中で、私とアスラン様は見つめ合う。

「だいじょうぶだからね。フェリシティをいじめたヤツは、全員苦しめて殺してあげるよ」

 え?

「どんなふうに殺したらいい? 目を抉る? 髪を引きちぎる? それとも、炎で焼き殺す?」

「アスラン様? どうしたの?」

 こんなこと言うなんて、いつものアスラン様らしくない。私のアスラン様は、争いごとが嫌いで、優しくて、暴力とは無縁で……。

「うん。僕はアスランだよ。ここに、魂が入ってる」

 アスラン様は、自分の胸を指さした。私はそっと、その場所に手を触れる。

「ここに、アスラン様の魂が?」

 見上げると、アスラン様は私に優しく微笑んだ。

 え?
 アスラン、さま?

 一瞬、彼の髪と目が金色に光っていた。
 目をこすると、いつものアスラン様に戻った。
 青銀の髪に、紺碧の瞳。
 端正な貴族的な顔。

「アスラン様……」

 よかった。一瞬違う人に見えた。まばゆい美貌の金色の姿に。

「もうすぐ会えるよ。待ってて。僕のフェリシティ」

「今、会ってるでしょう?」

 おかしなことを言うアスラン様。こうして、夢に出てきてくれるじゃない。

「もうすぐだ。ずっと一緒だよ。絶対に離さない」

「うれしい。ずっと離さないでいてくださいね」

「うん」

 アスラン様は、キラキラと金色の光を放ちながら笑った。
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