上 下
23 / 41

23 本物の王女

しおりを挟む
 バシッ。

 痛い。とっさに顔をかばったから、腕に扇が当たった。

 王妃は国王に訴えた。

「これはわたくしたちの娘ではありません。入れ替えられていたのです! 本物の王女は、ここにいるカレンです。私の愛する娘」

 カレンは優雅に礼をして、王妃の隣に並ぶ。

「陛下、ご覧ください。わたくしたちの本当の娘、カレンです。聖女フェリシティにそっくりでしょう? 彼女が本物の王女です!」

「本当だ。彼女が王女で間違いない」

「聖女様にそっくりだ。入れ替えられていたのか。なんと気の毒な」

「本物だ。カレン王女が本物だ」

 レドリオン公爵が根回ししていたのだろう。
 何人かの貴族が、王妃の話を肯定するように、大声をあげた。そして、わざとらしく質問する。

「なぜ、王女様が入れ替えられたのですか?」

「おお、よくぞ聞いてくれた。王妃様が我が家で出産した際に、メイドが孤児の赤子と入れ替えたのだ」

 あらかじめ役が割り振られていたのだろう。公爵家の派閥の貴族により、茶番劇の舞台が進行する。

「メイドは、どこかから拾って来た孤児を我が家に置いた後、本物の王女を連れて帝国に渡った。私たちは、何かがおかしいと常に思っていた。だから、ずっと探していたのだ。そして、ようやく、私は本物の王女を、私の孫を探し当てた!」

 貴族たちに向って、レドリオン公爵が演説する。その隣で、カレンは肖像画と同じ聖女の微笑みを振りまいていた。

「ああ、私の本当の娘。突然の出産だったから、メイドに騙されてしまったの。今までごめんなさい。帝国で苦労したでしょう? かわいそうに」

「いいえ、お母様。わたくし、お母様に見つけてもらって、とてもうれしいわ」

「まあ、優しい子ね」

 王妃と娘、そして公爵の茶番は続く。

「陛下、偽物の王女を直ちに処刑しましょう! 今まで我々を偽っていたのです。どこの誰ともしれぬ卑しい生まれの者が王女を騙るなど、許しておけません。さあ、今すぐ首を切りましょう!」

 国王は片肘をついて、気だるげに公爵を見ていた。ゆっくりとワインを飲み干して、じろじろとカレンを眺める。そして、ぽつりとつぶやいた。

「赤茶色の髪と目か。王族の色ではないな」

 王族の証である紫の瞳を持たない。
 国王の言葉に、貴族たちは、私とカレンを交互に見比べた。

 片方は、金髪に紫の目の王族の色をもつ人形姫。でも、王妃に実の子ではないと言われた。メイドが拾って来た孤児だと。
 もう片方は、赤茶色の髪と目の美少女。その色合いは、レドリオン公爵や王妃と同じだけれど、王族の色ではない。

「陛下? 何をおっしゃられますの? レドリオン公爵家の者は皆、赤茶の髪と目をしていますのよ。私の遺伝が強かっただけですわ。それに、カレンは、聖女フェリシティにこんなにそっくり。これこそ、彼女が王族だと証明していますわ!」

「お父様! わたしがお父様の本当の娘です。ずっとお会いしたかった」

 カレンは両手を胸の前に組んで、祈るように国王に訴える。
 国王は、その様子をじっと見てから、肖像画の方に目を向けた。

「たしかに、肖像画には似ている……。それでは、おまえたちが偽物の孤児と呼ぶこの者は、なぜ紫の目をしているのだ?」

 私を見る国王の瞳は暗く濁っている。酒浸りのせいで判断が鈍っているのだ。レドリオン公爵が持ってきた聖女フェリシティの肖像画が、カレンに似ているのは当たり前だ。きっとカレンをモデルに描いたのだろう。そんなことは分かり切っているのに、それでも、貴族たちは誰もそれを指摘しない。レドリオン公爵には逆らわずに、成り行きを見守っているのだ。彼に対抗できるのはブルーデン家だけだ。でも……。
 ブルーデン公爵の姿が見当たらない。パーティに欠席しているのか。私の味方は誰もいない。アーサーはもちろん役に立たない。

「陛下、わが国では紫の瞳は珍しいですが、帝国には、様々な目の色をした者がいるのです。外国人には、きっと紫色の瞳の持ち主も大勢いるでしょう。もしかして、その娘は、王国人ではないのでは? 何しろ、捨てられた子どもだったので」

 私が外国人だって言ってるの? それは、最大の侮辱だわ。
 レドリオン公爵の言い分に腹が立つ。

「私は、フェリシティ・エヴァン。まぎれもなく、この国の建国女王の血をひく王女よ」

 皆に向けてそう宣言すると、王妃は憎しみのこもった目で私をにらみつけた。

「卑しい孤児の分際で! おまえなどは王女ではない!」

「いいえ、王族の紫の瞳がその証拠です」

 でも、きっとそれだけでは満足しないはず。
 それならば、誰もが認めざるを得ない証拠を出すことにしよう。

「私が建国女王の血筋であることは、簡単に証明できます」

 私は広間の中央で燃える紫の炎へとゆっくり歩く。貴族たちは、私の視線の先に注目した。

 煌々と燃える炎は、大理石の床から湧き出している。そして、勢いよく天井まで燃えあがっている。
 炎の前に立って、私は、国王の方を振り返った。

 さっきまで気だるげにソファーで寝そべっていた王は、身を乗り出して、私を食い入るように見ていた。

 この国の始まりから、燃え続けている紫の炎。
 私は王にカーテシーを披露して、そして、ためらいなく炎の中に入った。

「ひっ!」

「きゃぁ」

「なんてことだ! 中に入ったぞ!」

 一瞬で炎に焼きつくされる。
 皆、そう思っただろう。

 でも、次の瞬間、私は炎を通り抜けて、貴族たちの前に再び姿を現した。

 何事もなかったかのように。

 あ、何事もなくはない。私の体や髪の毛は、少しも焼けてない。でも、身に着けていたドレスや靴が、瞬時に燃えて消滅していた。

「出て来た」

「焼けてない……」

「本物だ!」

「うわー!」

 歓声があがった。
 建国女王の炎は、その血を継ぐ者を焼くことはない。
 言い伝えの通りだった。

 ここにいる誰も、それを見るのは初めてなのだろう。

「王女様だ!」

「本物の王女様だ!」

「建国女王の子孫だ!」

 初めに叫んだのは、アーサーの兄のブルーデン公爵家の嫡男だった。そして、それに続いて、ブルーデン家の派閥の貴族たちが次々に歓声をあげる。
 アーサーは、その隣であっけにとられたように口を開けて私を見ていた。
 って、どこを見てるの?
 私の裸?!

「マリリン!」

 急いでメイドを呼ぶ。人混みの中でちらっとピンクの髪が見えて、もう一度大声を出す。

「マリリン! はやく、マント!」

 もう、本当に、気の利かないメイドね。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

【完結】虐待された少女が公爵家の養女になりました

鈴宮ソラ
ファンタジー
 オラルト伯爵家に生まれたレイは、水色の髪と瞳という非凡な容姿をしていた。あまりに両親に似ていないため両親は彼女を幼い頃から不気味だと虐待しつづける。  レイは考える事をやめた。辛いだけだから、苦しいだけだから。心を閉ざしてしまった。    十数年後。法官として勤めるエメリック公爵によって伯爵の罪は暴かれた。そして公爵はレイの並外れた才能を見抜き、言うのだった。 「私の娘になってください。」 と。  養女として迎えられたレイは家族のあたたかさを知り、貴族の世界で成長していく。 前題 公爵家の養子になりました~最強の氷魔法まで授かっていたようです~

逆行令嬢は聖女を辞退します

仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。 死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって? 聖女なんてお断りです!

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から「破壊神」と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

殿下、あなたが借金のカタに売った女が本物の聖女みたいですよ?

星ふくろう
恋愛
 聖女認定の儀式をするから王宮に来いと招聘された、クルード女公爵ハーミア。  数人の聖女候補がいる中、次期皇帝のエミリオ皇太子と婚約している彼女。  周囲から最有力候補とみられていたらしい。  未亡人の自分でも役に立てるならば、とその命令を受けたのだった。  そして、聖女認定の日、登城した彼女を待っていたのは借金取りのザイール大公。  女癖の悪い、極悪なヤクザ貴族だ。  その一週間前、ポーカーで負けた殿下は婚約者を賭けの対象にしていて負けていた。  ハーミアは借金のカタにザイール大公に取り押さえられたのだ。  そして、放蕩息子のエミリオ皇太子はハーミアに宣言する。 「残念だよ、ハーミア。  そんな質草になった貴族令嬢なんて奴隷以下だ。  僕はこの可愛い女性、レベン公爵令嬢カーラと婚約するよ。  僕が選んだ女性だ、聖女になることは間違いないだろう。  君は‥‥‥お払い箱だ」  平然と婚約破棄をするエミリオ皇太子とその横でほくそ笑むカーラ。  聖女認定どころではなく、ハーミアは怒り大公とその場を後にする。  そして、聖女は選ばれなかった.  ハーミアはヤクザ大公から債権を回収し、魔王へとそれを売り飛ばす。  魔王とハーミアは共謀して帝国から債権回収をするのだった。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

誰も信じてくれないので、森の獣達と暮らすことにしました。その結果、国が大変なことになっているようですが、私には関係ありません。

木山楽斗
恋愛
エルドー王国の聖女ミレイナは、予知夢で王国が龍に襲われるという事実を知った。 それを国の人々に伝えるものの、誰にも信じられず、それ所か虚言癖と避難されることになってしまう。 誰にも信じてもらえず、罵倒される。 そんな状況に疲弊した彼女は、国から出て行くことを決意した。 実はミレイナはエルドー王国で生まれ育ったという訳ではなかった。 彼女は、精霊の森という森で生まれ育ったのである。 故郷に戻った彼女は、兄弟のような関係の狼シャルピードと再会した。 彼はミレイナを快く受け入れてくれた。 こうして、彼女はシャルピードを含む森の獣達と平和に暮らすようになった。 そんな彼女の元に、ある時知らせが入ってくる。エルドー王国が、予知夢の通りに龍に襲われていると。 しかし、彼女は王国を助けようという気にはならなかった。 むしろ、散々忠告したのに、何も準備をしていなかった王国への失望が、強まるばかりだったのだ。

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

処理中です...