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4 覚醒

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 ずきずきする頭の痛みとともに、目覚めた。
 かすんでいた視界は、今は、はっきりしている。
 眠気も、もうない。
 私は、やっと記憶を取り戻した。

「あの冷血精霊! ……うっ、痛い」

 後頭部を押さえると、かさぶたになった血が手にはりついた。

「もう、痛いったら! ≪治癒≫!!」

 簡易呪文を唱えると、ぽわっと体が温かくなって、頭の怪我が完全に治る。

 ふう。神聖力は衰えてないみたい。ううん、むしろ増加してる?

 ああ、もう、ほんとに……。
 記憶を取り戻すまで、長かった。今の私の体は15歳ね。
 15年間も記憶を封印されていたなんて。
 よくも、やってくれたわね。

 人形姫と呼ばれていたころの記憶は全てある。ぼんやりと霞がかかっていたから、自分に起きたことのようには思えないけれど。
 復讐リストに載せるべき人の顔と名前はしっかり覚えている。

 それから、フェリシティだった頃のことも思い出した。
 あの精霊宰相に記憶を封印される前のことも全て。

 ぐるり部屋を見渡す。王女の部屋だっていうのに、家具が少ない。
 小さいテーブルといす。そして小さなベッドが置かれている。まるで下級使用人の部屋みたい。
 掃除も行き届いていない。
 王女の側に控えるべき侍女もついていない。

「ほんと。バカにしてるわ」

 ほこりっぽい空気を入れ替えようと窓を開けると、青い鳥が飛び込んで来た。
 頭と背が青く、お腹の白い毛は灰色に薄汚れている。
 やせ細って、翼がボロボロだ。
 窓枠に止まった鳥は私を見あげて、

「ぴぃ」

 とよわよわしく鳴いた。

「ルリ! 今助けるわ」

 急いで小鳥に近づき、手を触れて神聖力を分け与える。
 ぱあっと銀色に輝いた後、小鳥は高く羽ばたいた。
 そして、私の前に降り立った時には、青い髪の子供の姿になっていた。

「聖女さま~」

 青い瞳の美少年は、顔をくしゃくしゃにして私に抱き付く。

「聖女さまだ! 聖女さまが戻った!!」

「ちょっと、声が大きすぎ! やかましいわ」

 いつもしていたように叱ったら、精霊はしゅんとなってうなだれる。

 私は、そのやわらかな青い髪をくしゅっとなでた。

「でも、ありがとう。なんとか生き残れたのは、あなたのおかげね」

 食事を抜かれた時も、この子が料理を盗んできて食べさせてくれた。水を掛けられて、バルコニーに締め出された時にも、タオルと毛布を盗って来てくれた。

「うん。僕、いっぱい聖女さまを守ったよ」

 青い鳥精霊のルリは、ずっと人形姫の側にいてくれた。

 精霊王の死で、全ての精霊がこの国から去って100年以上経つ。精霊界で知り合ったルリは、私が人間界に戻された時に、こっそり着いて来てくれたのだ。精霊宰相の命令に背いて。

 今まで私の記憶が封印されて、神聖力を与えられなかったから、やせ細って、今にも消滅しそうになっていた。

「もう、どうして私に付いて来たのよ。あなたはあと少しで死ぬところだったじゃない」

「だって。姫さまが僕に力をくれたから。だから、僕は下級精霊から上級精霊になれたんだよ。恩返し」

 こっちを見上げる真ん丸い瞳がかわいくて、ぎゅっと抱き上げて、そして、いっしょに転んだ。

 あ、私、痩せすぎだ。王女なのに、虐待されてた。

「じゃあ、とりあえず、何か食べる物を持ってきて。私、多分2日ぐらい食事してないわ」

「うん! 僕ね、力がいっぱいになったよ。今ならオークの丸焼きでも運んで来れるよ!」

 精霊は小鳥の姿に戻って、パタパタと窓から飛んで行った。

 それを見送ってから、考える。
 さあ、どうしよう。
 とりあえず、私が記憶を取り戻したきっかけの「国民奴隷化計画」をやめさせないとね。

 だって、国民を守るために、私は生贄として精霊界に行ったのに。
 こんなの……。
 これじゃあ、私のやったことが全部無駄になってしまう。

 鏡に映る自分の姿を見て、ため息をつく。
 ガリガリにやせ細った体。カサカサな皮膚。ぼさぼさに伸びた金髪。
 紫色の目だけが大きく光って、ぎょろりとこっちを見返している。

 白い薄汚れたワンピースを着替えようとクローゼットを開けたけれど、すぐに閉じた。

 私に着られそうなドレスが一着もない。
 破れたり汚れたりした子供用のドレスばかりだ。

「本当に、ふざけすぎね。今のこの国は……」

 でも、幸いなことに私は離宮に住んでいる。それなら、どうにかなるわね。

 壁に彫られた王家の意匠に手を当てる。思いっきり神聖力を流し込む。

 建国女王が作ったこの離宮には、神聖力に反応する仕掛けが作られている。
 まぶしい光とともに、壁の中に通路が現れた。
 宝物庫への通路だ。
 紫の瞳を持つ王族にしか開かれない扉。
 兄が全ての財宝を使ってなかったらいいのだけど。

「まあ、あまり期待しないでおきましょう」

 私は、虹色の結界に覆われた細い通路を歩きながら、過去の記憶を思い出していた。
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