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1 プロローグ〜16歳
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「アーサー様、婚約を解消しましょう」
ああ、やっと言えた。
今日でもう終わりにしよう。
「なんだよ、突然。最近相手をしてやらなかったから、すねてるのか?」
アーサーは不満そうに唇をとがらせた。私より妹と仲良くしているのを、反省する気はないようだ。
「カレンの方がアーサー様とお似合いです。私は身を引きます」
アーサーは、私よりもカレンを気に入っている。
「何を言ってるんだ? 俺との婚約がなくなれば、今の立場を失うぞ」
「立場ですか?」
「そうだ。おまえが王女でいられるのは、この俺の、ブルーデン公爵家の婚約者だからだ。おまえは、国王の娘じゃないんだからな」
確かに、偽物の王女と言われた私を支持したのは、ブルーデン公爵家だった。私が王女でいられるのは、彼が婚約者だったからかもしれない。
でも、私は、偽物だけど本物だ。
手の中の石を握りしめる。小さな黒い石は、ほんのりと熱をもつ。
「俺とカレンが恋仲だって噂が気に入らないのか? でも、仕方ないだろう? 俺たちは、悲劇の恋人達にそっくりだからな。生まれ変わりだって言われるよ」
アーサーは自分の言葉に酔ったように、薄ら笑いを浮かべて話し続ける。仕方ないので興味があるふりをして、相づちをうつ。
「悲劇の恋人達ですか?」
「ああ、知ってるだろう? 賢者アスランと聖女フェリシティだ。おまえの名は、聖女にちなんでつけられたんだったな。でも、同じなのは名前だけ。聖女の姿は、おまえじゃなくて、カレンに似ている」
「そうですね。あの絵姿は、彼女によく似てますね」
王城に飾られている聖女フェリシティの肖像画は、カレンそっくりだ。ただし、金色の髪に紫の目という聖女の色合いを除けばだけれど。
カレンは赤茶の髪に赤茶の瞳をしている。
対して、私は王族の特徴である金髪に紫の目、そして名前も同じフェリシティだ。でも、容姿は聖女の絵姿とは全く似ていない。私は、目だけが大きくて、鼻と口が小さい。顔も小さいし、背も小さい。年齢よりもずっと幼く見られる。初めて会った人は、私を妹よりも年下だと思うだろう。
「俺は賢者アスランによく似てるからな。だからみんな、俺たちが一緒にいると喜ぶ。100年前に生贄になった聖女と、彼女を探し続けた賢者が、生まれ変わって巡り合えたって」
彼の口から、アスラン様の名前が出てくると、心がぎゅっと痛くなる。
その同じ目の色で、よく似た顔立ちで、アスラン様を語らないで。
私の大好きだった人を。
「この国のために生きたのです。自分を犠牲にするほどに」
あの時、王女として国を救うために、命を捨てる覚悟はできていた。でも……。彼を恋しく思う気持ちだけは、捨てきれなかった。あの時の痛みは、100年以上経った今でも、まだ鮮明に残っている。
「分かってるじゃないか。そうだ。国民はもっと聖女を敬うべきだな。俺たちが生きているのは、聖女のおかげだって。それと、聖女の婚約者だった賢者アスラン、俺の先祖のな」
あなたに言われなくても、アスラン様のことは誰よりもよく知っているわ。
青銀の髪も、紺碧の瞳も。悔しいくらいにアーサーはそっくり同じ。顔立ちも、体形もよく似ている。先祖返りなのね。
ただ、その頭の中身だけは全く似ていない。
口を開かずに立っていれば、私のアスラン様そのものなのに。
お願いだから、黙っててよ。
「だが心配するな。俺はおまえとも結婚してやるよ。王になれるのは、紫の瞳って決まりがあるから仕方ない。おまえが正妃でカレンが第二妃だ。カレンは国王の本当の娘で、聖女にそっくりだが、瞳の色が茶色だから女王にはなれない」
頭の悪いアーサーは、こっちの頭が痛くなるようなことを平気で言う。
なぜ王配になる者が、妻を二人も娶るの?
自分の言ってることを分かってる?
見た目だけは気に入っていたけれど、アスラン様との違いを思い出させるだけの存在。もう早く駆除したい。
「いいえ。結構よ。あなたとは結婚しないわ」
「は? 何言ってんだ?」
アーサーは、バカにしたように私を見てから、肩をすくめた。
「俺の公爵家の後見があったから、おまえはまだ王女でいられるんだぞ。どこの誰かもしれない孤児だっていうのに、紫の瞳をしてるだけで、俺の婚約者を続けさせてやってるんだ。あんまり生意気なことを言うと、お仕置きだぞ」
アーサーはベルトにはさんだ木の鞭を手に持った。自分の言う事を聞かない者を躾けるために使っている。以前の私は、何度もこれで傷つけられた。
でも、今の私はもう、人形姫と呼ばれた無力な婚約者じゃない。
だから……、
手の中の魔石に力をこめる。
ビシッ
鋭い音が響く。
私に向けて振り下ろされた鞭は、ぽきりと折れた。
虹色の膜が私を囲んでいる。
聖女の結界だ。
100年ぶりだから、ちょっと強くしすぎたかな?
ああ、やっと言えた。
今日でもう終わりにしよう。
「なんだよ、突然。最近相手をしてやらなかったから、すねてるのか?」
アーサーは不満そうに唇をとがらせた。私より妹と仲良くしているのを、反省する気はないようだ。
「カレンの方がアーサー様とお似合いです。私は身を引きます」
アーサーは、私よりもカレンを気に入っている。
「何を言ってるんだ? 俺との婚約がなくなれば、今の立場を失うぞ」
「立場ですか?」
「そうだ。おまえが王女でいられるのは、この俺の、ブルーデン公爵家の婚約者だからだ。おまえは、国王の娘じゃないんだからな」
確かに、偽物の王女と言われた私を支持したのは、ブルーデン公爵家だった。私が王女でいられるのは、彼が婚約者だったからかもしれない。
でも、私は、偽物だけど本物だ。
手の中の石を握りしめる。小さな黒い石は、ほんのりと熱をもつ。
「俺とカレンが恋仲だって噂が気に入らないのか? でも、仕方ないだろう? 俺たちは、悲劇の恋人達にそっくりだからな。生まれ変わりだって言われるよ」
アーサーは自分の言葉に酔ったように、薄ら笑いを浮かべて話し続ける。仕方ないので興味があるふりをして、相づちをうつ。
「悲劇の恋人達ですか?」
「ああ、知ってるだろう? 賢者アスランと聖女フェリシティだ。おまえの名は、聖女にちなんでつけられたんだったな。でも、同じなのは名前だけ。聖女の姿は、おまえじゃなくて、カレンに似ている」
「そうですね。あの絵姿は、彼女によく似てますね」
王城に飾られている聖女フェリシティの肖像画は、カレンそっくりだ。ただし、金色の髪に紫の目という聖女の色合いを除けばだけれど。
カレンは赤茶の髪に赤茶の瞳をしている。
対して、私は王族の特徴である金髪に紫の目、そして名前も同じフェリシティだ。でも、容姿は聖女の絵姿とは全く似ていない。私は、目だけが大きくて、鼻と口が小さい。顔も小さいし、背も小さい。年齢よりもずっと幼く見られる。初めて会った人は、私を妹よりも年下だと思うだろう。
「俺は賢者アスランによく似てるからな。だからみんな、俺たちが一緒にいると喜ぶ。100年前に生贄になった聖女と、彼女を探し続けた賢者が、生まれ変わって巡り合えたって」
彼の口から、アスラン様の名前が出てくると、心がぎゅっと痛くなる。
その同じ目の色で、よく似た顔立ちで、アスラン様を語らないで。
私の大好きだった人を。
「この国のために生きたのです。自分を犠牲にするほどに」
あの時、王女として国を救うために、命を捨てる覚悟はできていた。でも……。彼を恋しく思う気持ちだけは、捨てきれなかった。あの時の痛みは、100年以上経った今でも、まだ鮮明に残っている。
「分かってるじゃないか。そうだ。国民はもっと聖女を敬うべきだな。俺たちが生きているのは、聖女のおかげだって。それと、聖女の婚約者だった賢者アスラン、俺の先祖のな」
あなたに言われなくても、アスラン様のことは誰よりもよく知っているわ。
青銀の髪も、紺碧の瞳も。悔しいくらいにアーサーはそっくり同じ。顔立ちも、体形もよく似ている。先祖返りなのね。
ただ、その頭の中身だけは全く似ていない。
口を開かずに立っていれば、私のアスラン様そのものなのに。
お願いだから、黙っててよ。
「だが心配するな。俺はおまえとも結婚してやるよ。王になれるのは、紫の瞳って決まりがあるから仕方ない。おまえが正妃でカレンが第二妃だ。カレンは国王の本当の娘で、聖女にそっくりだが、瞳の色が茶色だから女王にはなれない」
頭の悪いアーサーは、こっちの頭が痛くなるようなことを平気で言う。
なぜ王配になる者が、妻を二人も娶るの?
自分の言ってることを分かってる?
見た目だけは気に入っていたけれど、アスラン様との違いを思い出させるだけの存在。もう早く駆除したい。
「いいえ。結構よ。あなたとは結婚しないわ」
「は? 何言ってんだ?」
アーサーは、バカにしたように私を見てから、肩をすくめた。
「俺の公爵家の後見があったから、おまえはまだ王女でいられるんだぞ。どこの誰かもしれない孤児だっていうのに、紫の瞳をしてるだけで、俺の婚約者を続けさせてやってるんだ。あんまり生意気なことを言うと、お仕置きだぞ」
アーサーはベルトにはさんだ木の鞭を手に持った。自分の言う事を聞かない者を躾けるために使っている。以前の私は、何度もこれで傷つけられた。
でも、今の私はもう、人形姫と呼ばれた無力な婚約者じゃない。
だから……、
手の中の魔石に力をこめる。
ビシッ
鋭い音が響く。
私に向けて振り下ろされた鞭は、ぽきりと折れた。
虹色の膜が私を囲んでいる。
聖女の結界だ。
100年ぶりだから、ちょっと強くしすぎたかな?
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