上 下
66 / 70
第2部 魔法学校編

66 王家の呪縛〜国王アルフレド〜

しおりを挟む
 僕には姉がいた。
 生まれた時から一緒に育った、とても大切な人。忙しくて会ってくれない父や、子供に興味のない母と違い、彼女はいつも一緒にいてくれた。
 手をつないで庭を駆け巡り、一緒にお菓子を食べて、僕が眠るまで本を読んでくれる。
 優しくて美しい彼女は、僕の唯一の家族で、かけがえのない存在だった。

 やがて、成長して彼女が本当の姉ではないと知ると、僕にとって彼女は、世界でたった一人の女性になった。
 本当の姉ではないけれど、いつか結婚して本当の家族になりたい。
 幼い僕は心にそう決めた。彼女を誰よりも愛していた。

 でも、違った。父と母は僕の婚約者を勝手に決めてしまった。
 その婚約者は、彼女とは正反対のきつい顔をして、僕をにらんだ。

「お見合いの席にまで、乳姉弟のフローラを連れてくるなんて、本当に愚鈍な王子様ね」

 僕が彼女と一緒にいて、何が悪い! 
 つないだ手をほどこうとするフローラを僕は抱き寄せた。

「僕が愛するのはフローラだけだ。お前は愛されることのない王妃になるのだ!」

 王命は絶対で、国民は誰も逆らえない。なぜなら、国王は、この国の結界の誓いを破ることができる唯一の力を持つからだ。
 だから、父に王命を出された僕は、この生意気な従妹と結婚しなくてはいけない。

 ああ、僕はなんて不幸なんだ。王家に予言の王女を誕生させるために、自分を犠牲にしなくてはいけないなんて。世界一不幸だと思う。

 愚かな婚約者は、僕に愛されようとしないだけではなく、頭も悪かった。凡庸で平凡な王子と僕が陰口を言われる一方で、婚約者は文字も読めない落ちこぼれと笑われていた。
 気分が良かった。いつも僕は、従弟たちと比べられて平凡だって言われて、悔しい思いをしていたから。

 もっともっと婚約者の悪口が聞きたくて、僕は彼女の悪い噂を流させた。事実と違っても構わない。皆が彼女を嫌えばいい。
 だってそうだろ? 子供でも読める絵本さえ読めない。自分の名前を書くことで精一杯な愚か者なんだから。

 それに比べて僕のフローラは、優しいだけじゃなくて賢かった。

◇◇◇◇◇◇◇

 5才の時、貴族学園でフローラは、僕と一緒の薔薇組に入園した。うるさく言うやつもいたけれど、僕の姉として一緒に育った彼女には、その権利がある。おばあさまも許してくれた。

 卒園時には、フローラは僕に続き、3位の成績で表彰された。納得いかなかったのは、ハロルドが1位だったことだ。彼は従弟だから、王家の呪いには縛られない。誰とでも結婚できるくせに、僕を抜かして1位になるなんて、ずるいじゃないか。
 僕を1位にするように学園長を脅したけれど、父に止められた。王族はえらいのに、なぜ父が僕を止めるのか分からない。ただ、腹が立った。

 だから、僕は下僕に命じて、卒園祝いの薔薇の形のチョコレートに毒薬を入れさせた。ハロルドは、それを食べて寝込んだらしい。ははっ、いい気味だ。

 僕の苦難の日々は続く。

 ハロルドの弟、クリストファーは、さらに生意気だった。従弟のくせに僕より目立つ。メイドたちは彼の容姿をほめてばかりだ。そして、魔力も僕より高くて、成績もいい。契約獣の白狼を見せつけられた時には、こいつを殺そうと思った。
 だから、何度も毒を送り付けた。食事や菓子にも毒を入れさせた。でも、むかつくことに一度も食べない。本当に嫌なやつだった。

 魔法学校に入ってからも、許せないことが多かった。王子である僕よりも従弟ばかりが褒められる。なぜ、高貴な王子の僕をもっと敬わない。いつも人の輪の中心にいる従弟たちを殺してやりたいと思った。特に、フローラを苦しめる悪女オリヴィアを。

「少しは人の目を気にしてくれる? 一応、私が婚約者なのよね。パーティのエスコートぐらいしなさいよ」

 図々しい女だ。僕とフローラの邪魔をする。

「ちょっと、イチャイチャするならせめて隠れてやってよ。人通りの多い中庭で、口づけなんかしないでよ。気持ち悪いったら」

 本当に、嫌な女だ。なぜ、こんな奴と結婚しなくてはいけないのだ。ああ、勇者の予言さえなければ。


 魔法学校を卒業してすぐの結婚式、そして初夜。

「王命なのよ。わかってるでしょう? 従うしかないのよ。逆らえば、うちの領地の結界を解いて、領民を皆殺しにすると国王に脅されているわ。お互い気持ち悪いのを我慢して、さっさと子供を作って終わらせるわよ」

 嫌で嫌でたまらない。フローラ以外と交わるなんて。
 でも、国王の命令には逆らえない。僕は薬を飲んで、最悪の夜を終えた。


 そして、翌日。
 最近、体調を崩しがちだった父王が死んだ。

 僕は悔しくて仕方なかった。
 なぜ、もう1日早く死んでくれなかったんだ! そうすれば、あんな女と結婚しなくて済んだのに!!

 いや、待て。1日だけだ。たった1日だけの結婚。そんなものは、なかったことにすればいいんだ。今は僕が国王だ。誰も僕には逆らえない。そうだ、今度こそ、僕はフローラと結婚する。

 その日のうちにフローラに事情を話し、王妃にすると約束して、彼女と結ばれた。


 幸せになれると思っていたんだ。

 即位式で、神官を買収して、白い結婚を理由にオリヴィアを追い出した。今まで、僕を不幸にした仕返しに、公爵家に戻った彼女を毒殺するように下僕に命じた。

 毒殺は失敗したけれど、邪魔者はいなくなった。ハロルドだけは、反省したのか、妹の扱いに抗議することもなかったので、僕の下で働かせてやった。仕事は嫌いだ。そんなことをするよりも、フローラと一緒にいたい。だから、ハロルドが代わりに仕事をすると言ったので、やらせてやったんだ。
 しばらくの間は、本当に幸せだった。

 誰にも邪魔されずに、フローラと愛し合える。二人の真実の愛を広めるため、芝居を流行らせたりもした。

 フローラが息子を産んだ時、王家の呪いが発動した。
 息子の目は紫ではなく、薄い水色だった。

 どういうことだ? なぜ、勇者は、聖女リシアは僕を苦しめる?

 憎くて憎くて仕方ない。フローラを責める声まで聞こえた。一言でも、フローラを悪く言う使用人は、全員辞めさせた。そして、下僕に命じる。全員殺せと。


 次に生まれたのは娘だった。娘もやはり、紫眼を持たなかった。
 だが、この子の容姿は描き直させた聖女リシアの絵によく似ていた。使用人は僕の機嫌をとるために、予言の王女にそっくりだとほめそやした。

 そうか、この子は予言の王女なのかもしれない。僕の子供が予言の王女だ。

 ピンクブロンドの髪にピンクの眼の娘が予言の王女などではないことは分かっていた。それでも、フローラに似せて描かせた聖女の肖像画を見るたびに、僕の子供が予言の王女だと自分でも信じるようになった。

 評判の悪い息子よりも、予言の王女かもと思える娘の方がずっとかわいかった。



 なのに、母上は、貴族学園で本物の予言の王女に似た娘を見つけたと言う。あの、憎らしいクリストファーの娘だそうだ。王族でもないくせに、紫眼を持つ。その娘を息子の婚約者にしようとした。

 そんなことは許さない。クリストファーの娘などいらない。

 僕は下僕に命じて、毒を送らせた。残念ながら、死んだのはその娘ではなく、双子の弟の方だった。でも、クリストファーの悲しがる顔を想像したら、笑いが止まらなかった。


 そして息子の魔法学校の卒業式。すべては順調に進んでいた。あの女がまた現れるまでは。


 オリヴィアは毒で死に損なった後、帝国の第三皇子のハーレムに入ったと聞いていた。第三皇子は、即位式に側室を3人も連れて来た女好きだ。そのハーレムの一員として、みじめに生きるがいいと思っていたのに。

 いつの間に、皇妃になったのか? 皇帝と一緒になって、生意気にも我が国に乗り込んできた。

 娘の卒業を祝いに来たと言う。娘? クリストファーの娘が、オリヴィアの娘だと? 意味が分からなかったけれど、そいつは隣に精霊王を侍らせて、僕を断罪した。

 許せない。精霊王は僕の娘のものだ。あいつらはいつも僕のものを奪う。周囲の評判も、学校の順位も、今まで全てゴールドウィンに奪われた。今度は、ついに、王位まで奪われてしまった。

 それは、正当なる血筋の僕のものだ!

 無知な家来どもは、あいつらの言いなりになってしまった。僕のフローラと子供たちは、帝国に連れて行かれてしまった。

 そして、僕は、薄汚い牢獄に捕らえられている。

 王に対して、このふるまい! 
 ここを出たら全員殺してやる!


「差し入れだ」

 フードをかぶった男が、檻の前に立った。僕にチョコレートの箱を差し出した。薔薇の形のチョコレートだ。なつかしい。
 牢獄ではまともな食事が出なかったため、久しぶりの菓子を、僕は両手でつかんで急いで口に放り込んだ。ああ、甘い。うまい。

「息子は、それを食べて勇者になったよ」

 チョコレートを口にほおばりながら見上げると、その男はフードを取った。

 金色の髪に紫眼が見えた。

 憎い、クリストファー・ゴールドウィン! 

 怒鳴りつけてやろうとした。呪いの言葉を吐いてやる。

 けれど、

「ごほっ、ごほ、うっ、ごほっ、ごっ」

 言葉は何も出なかった。
 代わりに、真っ赤な血が口からこぼれた。

「……」

 クリストファーは、僕を感情の読めない紫の瞳で見つめた。

 それが、僕がこの世で見た最後の光景だった。





 ※※※※※※※

 毒チョコレート事件の真犯人です。
 実の父親に殺されそうになったことを、レティシアに知らせないように、秘密裏に処理しました。

しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

ひめさまはおうちにかえりたい

あかね
ファンタジー
政略結婚と言えど、これはない。帰ろう。とヴァージニアは決めた。故郷の兄に気に入らなかったら潰して帰ってこいと言われ嫁いだお姫様が、王冠を手にするまでのお話。(おうちにかえりたい編)

追放したんでしょ?楽しく暮らしてるのでほっといて

だましだまし
ファンタジー
私たちの未来の王子妃を影なり日向なりと支える為に存在している。 敬愛する侯爵令嬢ディボラ様の為に切磋琢磨し、鼓舞し合い、己を磨いてきた。 決して追放に備えていた訳では無いのよ?

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシャリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

本物の聖女じゃないと追放されたので、隣国で竜の巫女をします。私は聖女の上位存在、神巫だったようですがそちらは大丈夫ですか?

今川幸乃
ファンタジー
ネクスタ王国の聖女だったシンシアは突然、バルク王子に「お前は本物の聖女じゃない」と言われ追放されてしまう。 バルクはアリエラという聖女の加護を受けた女を聖女にしたが、シンシアの加護である神巫(かんなぎ)は聖女の上位存在であった。 追放されたシンシアはたまたま隣国エルドラン王国で竜の巫女を探していたハリス王子にその力を見抜かれ、巫女候補として招かれる。そこでシンシアは神巫の力は神や竜など人外の存在の意志をほぼ全て理解するという恐るべきものだということを知るのだった。 シンシアがいなくなったバルクはアリエラとやりたい放題するが、すぐに神の怒りに触れてしまう。

何かと「ひどいわ」とうるさい伯爵令嬢は

だましだまし
ファンタジー
何でもかんでも「ひどいわ」とうるさい伯爵令嬢にその取り巻きの侯爵令息。 私、男爵令嬢ライラの従妹で親友の子爵令嬢ルフィナはそんな二人にしょうちゅう絡まれ楽しい学園生活は段々とつまらなくなっていった。 そのまま卒業と思いきや…? 「ひどいわ」ばっかり言ってるからよ(笑) 全10話+エピローグとなります。

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

失われた力を身に宿す元聖女は、それでも気楽に過ごしたい~いえ、Sランク冒険者とかは結構です!~

紅月シン
ファンタジー
 聖女として異世界に召喚された狭霧聖菜は、聖女としての勤めを果たし終え、満ち足りた中でその生涯を終えようとしていた。  いや嘘だ。  本当は不満でいっぱいだった。  食事と入浴と睡眠を除いた全ての時間で人を癒し続けなくちゃならないとかどんなブラックだと思っていた。  だがそんな不満を漏らすことなく死に至り、そのことを神が不憫にでも思ったのか、聖菜は辺境伯家の末娘セーナとして二度目の人生を送ることになった。  しかし次こそは気楽に生きたいと願ったはずなのに、ある日セーナは前世の記憶と共にその身には聖女としての癒しの力が流れていることを知ってしまう。  そしてその時点で、セーナの人生は決定付けられた。  二度とあんな目はご免だと、気楽に生きるため、家を出て冒険者になることを決意したのだ。  だが彼女は知らなかった。  三百年の時が過ぎた現代では、既に癒しの力というものは失われてしまっていたということを。  知らぬままに力をばら撒く少女は、その願いとは裏腹に、様々な騒動を引き起こし、解決していくことになるのであった。 ※完結しました。 ※小説家になろう様にも投稿しています

【完結】クビだと言われ、実家に帰らないといけないの?と思っていたけれどどうにかなりそうです。

まりぃべる
ファンタジー
「お前はクビだ!今すぐ出て行け!!」 そう、第二王子に言われました。 そんな…せっかく王宮の侍女の仕事にありつけたのに…! でも王宮の庭園で、出会った人に連れてこられた先で、どうにかなりそうです!? ☆★☆★ 全33話です。出来上がってますので、随時更新していきます。 読んでいただけると嬉しいです。

処理中です...